ルネサンスホテルにて
ルネサンスホテルでは、協会長が出迎えてくれた。ホテルへ向かう途中で、にわか雨に遭遇してしまったサビーナとゴパルに、とりあえずタオルを手渡す。
「不運でしたね、ゴパル先生。着替えを用意いたしましょうか? サビーナさんの分も用意してありますよ」
ゴパルがヘルメットを脱いで、ずぶ濡れのシャツとズボンをタオルで拭きながら恐縮した。
「そ、そうですね。お願いします。もう、替えのシャツやズボンが無くて。このまま飛行機に乗ったら、寒さで風邪をひいてしまうかも」
サビーナもヘルメットを脱いで、タオルを頭から被った。そのまま、ずぶ濡れのスクーターを駐輪場へ押していく。
彼女の服装はサルワールカミーズなのだが、今は濡れネズミ状態なので、オシャレ度がマイナス領域に落ち込んでしまっている。
ただ、ゴパルの半袖シャツとは違い、生地が丈夫で濃紺色なので、肌が透けて見えたりはしていない。ジト目になってはいるのだが、特に怒っている様子では無さそうだ。
「まったく……ゴパル君は、本当に雨に好かれているのね。供物が足りないって事かしら」
ギクリと硬直するゴパルに、不敵な笑みを投げかけるサビーナ。二人ともに、袖からポタポタと雫が垂れ落ちている。サンダルの足元には、水たまりが今もできたままだ。
「いくらダサイン大祭前だからって、ゴパル山羊をさばいて解体なんかしないから、安心しなさい。どうせ、さばいた所で、料理に使えそうな部位なんか取れなそうだし」
ここで、スクーターを押すのを一時中断して、ずぶ濡れゴパルの全身を見つめた。改めて、残念そうに首を振る。
「ダシ取りにも使えないわね……って、それだと山羊より劣るじゃないの。とりあえず、ダイエットしなさい、ゴパル君」
そのまま、スクーターを押して去っていくサビーナである。彼女の後ろ姿を見送りながら、頭をかくゴパルであった。その後で、協会長に垂れ目の視線を向ける。
「やはり、痩せた方が良いでしょうか……」
協会長が一重まぶたの目を細めて、素直にうなずいた。
「そうですね。着替えを用意する側としても、標準体型に近い方が助かりますね」
結局、ずぶ濡れになったシャツとズボンは、ルネサンスホテルに頼んで洗って保管してもらう事になった。恐縮するゴパルに、協会長が穏やかな笑みを向ける。
「既に、部屋を長期契約で借りておられますから、通常業務の範囲に入りますよ。濡れたままの服を防水袋に詰め込んで、キャリーバッグに入れる手間の方が大変でしょう」
確かに、協会長の言う通りだ。それに、防水袋に入れた服が蒸れてしまったら、悪臭が発生する恐れもある。そんな服を、ゴパル母が素直に洗濯するとは思えないゴパルであった。
(私が自分で洗濯するしか、手は無いだろうな。あ、しまった。漬け置き洗い用のバケツが割れていたっけ。帰ったらバケツを買い足しておくか)
余談だが、この時代のネパールでは、リサイクル前提で製造されたプラスチック製品が流通している。
それ自体は環境に優しいのであるが、材料をケチっている伝統は変わらないので、すぐに壊れて使い物にならなくなる。




