ベシャメルソース その三
カルパナをテーブルに座らせてから、サビーナが手を拭いて、テーブルに座った。
「あたしが今作ったベシャメルソースってね、改良版なのよ。オリジナル版は宮廷料理で、1750年代の技法ね」
へえ、と驚くゴパルとカルパナだ。その表情を見て頬を緩めたサビーナが話を続ける。その内容は、次のようなものだった。
本来のベシャメルソースは、ベシャメル・オ・ナチュレと呼ぶ。
濃い生クリームを五百ミリリットル用意し、それを半量以下になるまで煮詰める。フランス産の生クリームは、日本産とは異なり、かなり濃い。そのため、煮詰めた時点で、ほとんどソース状になっている。
串に刺して丸焼きにした雌の若鶏ササミ肉を冷ましておき、煮詰めた生クリームに、料理に使う直前に加える。
これをソースが沸騰しないように温めて、若鶏の香りと旨味をソースに移し、塩コショウで味を整える。そして、濾して若鶏を取り除き、料理のソースとして使うのだ。
サビーナが肩をすくめて、ニヤリと微笑んだ。
「濃縮生クリームを飲むようなソースよね。胃がもたれる事、請け合いよ」
同時代には、これとは別に、通称ベシャメルと呼ばれたソースもあった。
あまり着色されていない子牛のダシか、若鶏のダシを鍋に注ぐ。これに、エシャロット、ニンニク、パセリ、あさつき、ゆがいたエストラゴン、ローリエの葉、香辛料と塩を加えて味を整え、沸騰させる。
火を止めて、しばらく冷やしてから濾して、別の鍋に移す。これに、ブール・マニエと呼ばれる、小麦粉とバターとを練り合わせたものを一塊加え、生クリームを少量注いでから火にかける。
全体が完全に溶け合い、ソースが馴染んだら完成だ。なお、さらに味を重厚に仕上げたい場合には、卵黄を一、二個加える。
サビーナが説明を簡単に終えて、再び肩をすくめて笑った。
「これも、お腹に溜まるソースよね。ダシを使っているけれど、野菜のダシと違って、動物のダシだから、ゼラチンが多いのよ。小麦粉も使っているしね」
ゴパルが話を聞きながら、感心している。
「なるほど。フランス料理って、長い間に変わってきているのですね。その、昔のベシャメルソースも、美味しそうですが……確かに、たくさん食べる事は難しいかなあ」
サビーナが軽く腕組みをして、首をすくめた。ボブカットの髪が、サラサラと肩の上で揺れる。
「1700年代とか、電気冷蔵庫なんか無かったものね。基本的に、傷んで臭いが出ている素材を、料理していたはずよ。そういう意味では、レカナートの養豚団地の豚肉やハムなんかも、この技法で料理できちゃうのよね。胃もたれするから、やらないけど」
ここでオーブンのタイマーが鳴った。グラタンの焼き上がりだ。サビーナが席から立ち上がって、オーブンの扉を開けた。香ばしく焼けたチーズとソースの香りが、調理場に広がっていく。
「ん。良い感じに焼けているわね。じゃあ、これも冷めないうちに、さっさと食べるわよ」
カルパナがスマホを持って、オーブンに駆け寄っていく。
「ちょっと待って、サビちゃん。グラタンの出来上り映像を撮っておかなくちゃ」




