試食と雑談
カルパナが、湯気を立てているサルサ・ポモドーロのパスタを、スマホで接写して、撮影を終了した。
「レカちゃんほど上手に撮影できないので、ごめんねサビちゃん」
サビーナが、フライパンや鍋を流し台で、あっという間に洗い、水を切って振り返る。
「ピザ屋向けの料理だし、調理技法も特に使っていないから、気にしなくて良いわよ。私の店では、何かの付け合わせでしか使わないし」
サビーナさんにとっては、こういうパスタ料理はファストフード扱いなんだな、と思いながら、ゴパルがキッチンのテーブル席につく。
サビーナがゴパルとカルパナに、フォークとスプーンを渡して、さらに水が入ったガラスのコップを受け取らせた。
「まだ仕事中だから、お酒は無しね。ゴパル君」
どうやら、ゴパルがアンナプルナ街道で、昼間から酒を飲んでいた事を知っているようである。
大人しく、その指示に従ったゴパルが、スパゲッティをフォークに巻きつけた。スプーンに目を向ける。
「ええと……確か、イタリアではパスタはフォークだけを使って食べますよね。スプーンは使わないとか」
カルパナは首をかしげるばかりだ。
「え、そうですか? 私が知っているのは米国人ばかりですが、彼らはスプーンも使いますよ。イタリア系の米国人もスプーンを使っていたような……短いパスタもありますし」
サビーナが、堂々とスプーンとフォークを使って、スパゲッティをクルクル巻きつけて、口に運んだ。
「たかがパスタに、そんな食事の作法なんか求めないわよ。貝殻とか魚の骨とかエビ殻とか、平気で一緒にパスタに混ぜ込む連中だし。食べやすいように食べれば良いのよ。もたもたしてると、パスタが冷めて不味くなるわよ」
へえ、そういうものなのか、と安心したゴパルが、スプーンとフォークを使って、スパゲッティを巻き始めた。
学会の懇親会では、基本的にビュッフェ型式だ。一つの皿に、ごった盛りして立ち食いするので、基本的にスプーンかフォークのどちらかだけを使う事になる。つまり、食べにくい。まあ、食事会では無く、懇親会なので、メインはおしゃべりだ。
なお、観光客向けのビュッフェ型式は、食事として供されているので、立ち食いでは無い。きちんとテーブルについて、座って食べる。
ゴパルが、続いてネパールで行われる国内学会の、懇親会を思い出した。ここでも鶏料理がメインのビュッフェ型式である事が多いが、酒飲み連中は、次の二次会で居酒屋へ突入する。
「ネパールの居酒屋料理でも、基本的にはスプーンとフォークを使いますね。フォークだけですと、やはり食べるのに苦労します」
そして、ゴパルもスパゲッティを口に運んだ。思わず垂れ目が見開かれて、黒褐色の瞳が輝く。
「美味いですねっ。ピリ辛なのが、さらに良いかも。これなら、父も喜びそうです」
カルパナも、スプーンとフォークを使って食べ始め、目を優しく細めて幸せそうな表情になった。
「いつ食べても、美味しいな。米国の有機農業団体長のジェシカさんも、これが大好きですね。隠者様も、たまに召し上がります」
ゴパルがキョトンとした表情になった。
「隠者様って、パスタを食べるんですか?」
カルパナとサビーナが視線を交わして、クスリと微笑んだ。カルパナが答える。
「はい。小麦粉とトマトと玉ネギにニンニクを使っていますので、本当に時々ですけれどね。不幸中の幸いといいますか、これにはベーコンを使っていませんから、口にしてくれますよ」
サビーナが爽やかな笑顔を浮かべて、話を継いだ。
「小麦粉を使う代わりに、野菜の細切りを麺の代わりにする事も考えているわよ。汎用小麦粉って、やっぱり不安だし、地元産小麦はまだ量が確保できないしね。そういう意味でも、カルちゃんの野菜には期待してるのよ」
へえ、と感心して聞いているゴパルに、サビーナが告げた。もう食べ終わっている。
「ほら、ゴパル君。さっさと食べなさい。次は野菜のダシと、ベシャメルソースのグラタンを教えるわよ」




