カルパナ種苗店へ
翌日の早朝、カルパナがバイクで迎えに来てくれたので、その荷台に乗ってパメへ向かうゴパルである。
道端の住民達も、すっかり二人乗りの風景に慣れてしまったようで、普通にカルパナに合掌して挨拶をしている。カルパナはバイクを運転中なので、左手だけを振っている。
そのため、彼女の代わりに、ゴパルが合掌して挨拶を返す役割をしていた。ただ、ブレーキや加速時には、荷台の後端を持って、体を支えないといけないが。やはり、カルパナに抱きつくのは、色々とよろしくない。
(どうも、すっかりカルパナさんの使用人みたいな感じになっているなあ。ま、いいけど)
通学途中の小学生の集団にも出会う。彼らはレイクサイドの私立学校や、公立学校へ向かうので、送迎バスを使わずに徒歩での通学だ。
その中に、スバシュの娘であるアンジャナが混じっていた。仲良しのディーパとラクチミの二人と一緒だ。
彼女達は、白と薄い桜色のチェック柄の生地で仕立てた、サルワールカミーズの制服姿だ。肘までのシャツの袖と、ゆったりした裁断のズボンの裾には、蛍光テープが縫いつけてあって、これが朝日を反射してキラキラ輝いている。
首に吊るされているスマホも液晶画面が反射していた。今日は、先生が授業をサボっていないようである。
アンジャナがカルパナを見つけて、両手を派手にブンブン振った。
「おはよう~カルパナ様ー! あ、ゴパル先生だあ、臭いぞ逃げろー」
子猿のように超音波が混じった歓声を上げて、転がるように通学学生の群れの中へ駈け込んでしまった。他の学生は、さすがに逃げてはいないのだが、ゴパルに同情と憐みの視線を投げかけてくる。
乾いた笑い声を上げるゴパルだ。
「あはは……もう知れ渡ってしまいましたか。確かに、二回目の排水処理場の視察をしなくて正解でしたね。もし、もう一度転んでいたら、社会的に死んでしまう所でした」
カルパナが放牧水牛を二頭ほどスルリと回避して、肩越しにゴパルに謝った。道端に散乱している水牛糞も、可能な限り回避して、ゴパルに気を配っている。
「すいませんでした、ゴパル先生。もっと私が注意を払っていれば、あんな事にはならなかったのですが……」
ゴパルも恐縮して、カルパナの後ろで両手を振った。
「いえ、菌やキノコの採集旅行で、田舎道を歩くので、転ぶ事は無いだろうと慢心していました。カルパナさんの責任ではありませんよ。私の注意不足ですし、自己責任です」
しかし、なおもカルパナが申し訳無さそうな仕草をしているので、話題を変えた。
「そういえばカルパナさん。今回は、サビーナさんがベシャメルソースを教えてくれるという話ですが……これって、イタリア料理のパスタやグラタンでよく使われるソースですよね。ネパール料理でも使えますか?」
カルパナが気楽な仕草に変わり、穏やかな声で答えた。
「使えますよ。さすがにイタリアでは、パスタにベシャメルソースを使わないようですが。グラタンでよく使います」
そして、少しの間考えてから、ネパール料理へのアレンジについて語った。
「小麦粉を使っているので、重い口当たりのカレーになりますが、香辛料と油を、ネパール料理で使う種類のものにすれば、大丈夫ですよ。何というか、その、日本風のカレーになりますね」
ここまで読んだ読者諸賢は、気づいただろう。ネパール料理でのカレーでは、ソースに小麦粉は使われていない。使うとすれば、肉や魚にまぶして油で揚げる際だけである。
ゴパルがキョトンとした表情と口調になった。
「へえ……日本風ですか。私は日本へはあまり行った事がないので、日本料理については詳しくないのですが……カレーがあるのですね。あ、スーパーで日本製のカレーが売っていました。アレか」
カルパナが素直にうなずいた。
「私も日本へ行った事はありませんが、レイクサイドやダムサイドには日本料理屋があります。日本人観光客や、仕事の人達でいつも賑わっていますよ。カレーのソースですが、私達や隠者様は、小麦粉をあまり多く食べませんので、代わりに里芋を使います」
ヒンズー教の祭祀では、西洋太陽暦の一月上旬に、山芋を食べる習慣がある。それに関連して、里芋も日常的によく食べる。
ただ、普通はオヤツとして、茹でたり焼いたりしたものに、塩唐辛子粉を付けて、そのまま食べる事が多いが。主食として食べる事は、まず無い。惣菜としてもジャガイモほど多用されず、マイナーなオカズである。
カルパナが使う場合は、里芋を茹でて、とろみを出しているという話だった。
「煮込み過ぎると、里芋が溶けて煮崩れてしまいます。ですので、ちょうど良い具合まで煮てから、里芋を鍋から取り出して、スプーンとかを使って潰します。石臼を使っても良いですね。潰して、ちょうど良いとろみや、粘りが出たら、それを再び鍋やフライパンへ戻します」
オークリは、すり鉢型の石臼である。石の棒を使う。ネパールでは、洗濯板型の石臼と共に、家庭の必需品だ。
「冬場では、里芋に代わって山芋を使いますね。こちらも美味しいですよ」
そんな話をしている間に、カルパナ種苗店に到着した。早速、ビシュヌ番頭が店先へ出てきて、カルパナのオレンジ色をしたバイクを預かる。
「ゴパル先生、ようこそ。サランコットの丘では、大変でしたね。チヤは事務机の上に用意していますので、ご自由に取って飲んでください」
ゴパルとカルパナがヘルメットを脱いで、顔を見合わせた。動画は削除したのだが、遅かったようだ。
数名ほどの買い物客も、半数ほどは知っている様子で、カルパナとゴパルに遠慮がちな視線を向けている。
そこへ、サビーナがスクーターに乗って到着した。スクーターのカゴには、小さなリュックサックが詰め込まれている。ヘルメットを脱いで、カルパナとゴパルに手を振り、リュックサックをカゴから引っこ抜いた。
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃったわね。早速始めましょう。まずはトマトソースからだったわね」




