ゴパル母怒る
その頃、ゴパルはルネサンスホテルの二階の角部屋に戻っていた。その部屋の中で、首都に居る両親と兄のケダルから、テレビ電話で延々と説教を食らっている最中だ。
(反応が早いなあ、もう。動画は既に削除されているというのに……)
ゴパルが大人しく、ゴパル母からの説教を聞いていると、スマホ画面でメール受信の通知が表示された。
送信元を見て、少し首をかしげるゴパルだ。表面上は、説教を聞いて反省しているように見えるテクニックを使っている。
(カルパナさんとサビーナさんからか。あ、レカさんからも来た)
レカが送ってきたメールは、予想通りの『ごめんなさい手紙』だったので、読まずに既読にする。さらに『気にしていませんよ返信』を、テンプレそのままな文体で送り返した。
(まあ、思い起こせば、ちょっと楽しかったのも事実だったし。パラグライダーの人気が出るのも分かるよ。泣いちゃってたサビーナさんとカルパナさんは、もう二度と乗らないだろうけど)
ゴパル母は、なぜか『吊り橋効果』を持ち出して、この機会にカルパナやレカに接近して仲良くなれと、命令を出し始めた。『反省していますよ』ポーズをとりながらも、生返事を返すばかりのゴパルである。
続いて、サビーナからのメールを開いた。こちらは、きちんと文面を読む事にするゴパルだ。
(あ、そうか。ティーズの時期だったなあ。忙しいのに、わざわざサランコットまで来てくれたのか。一応、慰労の返事を送って……ん?)
ゴパルは翌日の昼前の飛行便で、首都へ戻るのだが、その前に料理講習をゴパルにするという内容だった。ゴパルが反省ポーズを維持しながら、内心で申し訳なく思う。
(ああ、そうか。トマトソースの話をしていたっけ)
メールを読み進めると、トマトソースを使ったアマトリチャーナのパスタとある。ゴパル父が辛党なので、そう配慮してくれたのだろう。しかし、文末に「仮」というのが入っている。
(なんだコレ? 未定という事かな? ま、いいか。それで、他には……)
さらに、もう一品、野菜でとったダシに、ベシャメルソースを使った、簡単なクリームソースのグラタンを作るという講習になるらしい。
確かに、雨期が終わると、数多くの野菜が市場に出荷される季節になる。感謝と、飛行機の時間を記して、サビーナに返信した。
最後にカルパナからのメールを開いた。読み進める内に、ゴパルが思わず笑みを浮かべる。それを目ざとく見つける、スマホ画面上のゴパル母だ。こめかみの青筋がピクリと動いた。
「何を笑っているの、このバカはっ」
ゴパル母が怒り狂い始めたので、ゴパル父がスマホ画面に割り入って登場した。コホンと咳払いをして、代わりに説教を再開する。
こちらは、ゴパルが『ながら反省』をしている事を想定している様子で、会社の部下を諭すマニュアル説教を採用している。要は、ゴパル母が退場するまでの時間稼ぎである。
ゴパルが反省ポーズを保ちながら、内心で父親に感謝した。そのままカルパナからのメールを読む。
(いやいやいや……カルパナさんが謝る必要は無いと思うよ)
カルパナが、ゴパルの次回のポカラ出張時に、今年の椿油を一本無料で提供すると書いているので、丁寧に断りの返事を書いた。椿油は、食用にも整髪剤にも使える高級油である。
(うちの母さんは、大喜びすると思うけれど、さらに結婚工作に熱を上げるようになるのが、目に見えているんだよねえ。『カルパナさんへ、どうか、私の母が喜ぶような餌はあげないでください』と。これでよし)
ゴパル母がオヤツの用意を始めたので、父がマニュアル説教を中止した。隣では兄のケダルが、ニヤニヤしっぱなしである。その兄が、ゴパルに一言。
「ま、がんばれや。面白いニュースを、これからも楽しみにしてるぜ、ゴパル」




