宣伝飛行
レカが「きゃっほい」と喜びの声を上げたので、嫌な予感を覚えるゴパルであった。そして、その予感はどうやら的中したようだ。
民宿内に、一人のグルン族の中年男が駆け込んで来た。手早くカルパナとサビーナにも合掌して挨拶をする。
「まいどどうも。パラグライダー会社社長のスジャタ・グルンです。先日は、王妃の森で大変お世話になりました。お礼と言っては何ですが、無料サービスを提供いたしますよっ」
そうして、有無を言わせず、あっという間にゴパルとカルパナ達四人を民宿から連れ出して、近くの段々畑にやって来た。そこには、四つのパラグライダーがインストラクター付きで、準備万端整えて待機していた。
目が点になっているゴパルに、スジャタ社長が手早く飛行ジャケットを着せていく。
「ははは、当社もサランコットからの飛行プランを計画中でしてねっ。ゴパル先生とカルパナ様達が、お客様第一号ですよ。今日は雲の湧き上がりが早いんで、早速飛びましょう!」
ゴパルが慌ててスジャタ社長を制止する。
「ちょ、ちょっと待ってください。こういうのって、飛行誓約書みたいな物に同意して、サインしないといけないはずですがっ」
スジャタ社長がスマホ画面を見せて、実に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「これですかな? 四名様、全員分の誓約書を受け取っておりますよ。もちろんサイン付きです」
は?
ゴパルだけでなく、カルパナとサビーナも混乱し始めた。もちろん、そんなサインをした覚えは全く……。
「レカあああああ! あんたかああっ」
飛行ジャケットを装着させられたサビーナが、笑い転げているレカに食ってかかった。しかし、すでにパラグライダーから伸びる固定具を付けているので、数歩しか動けない。
ジタバタしてインストラクターと、取っ組み合いの何かをしているサビーナに、レカがニンマリ笑いを向けた。彼女は、もう完全に飛行準備を終えている。
「こういう素人反応が、集客には必要なのよー。これでポカラに観光客が殺到するから、お楽しみにー。わたしも飛ぶから安心して~」
そう言い残して、レカがインストラクターと二人で、さっさと飛び上がっていった。スマホはしっかりと右手に持って撮影を始めている。
「きゃっほーい」
レカが乗っている、黄色と黒の縞模様が目立つパラグライダーが、ゆっくりとサランコットの丘の南斜面を旋回し始めた。
それを見て、他の三人のインストラクターも、テイクオフの頃合いだと感じたようだ。一斉に、ゴパル達三人を引っ張って離陸準備に取り掛かった。
「んじゃ、飛びますんで」
ゴパルがぐったりしたまま、無言でうなずいた。まるで、屠殺場で電撃棒を頭に食らって、昇天した豚のような姿である。
カルパナは目を回している様子で、これまた無抵抗だ。
サビーナだけはギャーギャー騒いで、手足をバタバタ振っていたが、さすがに離陸すると、借りてきた猫のような状態になってしまった。
そんな三者三様の姿を、嬉々としてスマホで撮影するレカである。
「いいよ、いいよー。その顔さいこー。あ、インストラクターさん、旋回はゆっくりとねー」
ちなみに、その日の午後、この映像がホテル協会の『今日の動画』欄に掲載された。
しかしながら、肝心の宣伝効果は弱かったようだ。視聴回数が大して伸びず、自宅で首をかしげるレカであった。
「あれー? おかしいなー。なんで伸びないー」
その後で、父と兄がレカの部屋へ乱入してきて、彼女をこっぴどく叱ったのは書くまでもないだろう。




