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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
355/1133

マチャプチャレ峰

 サランコットの丘の頂上に到着すると、そこは芝張りの公園になっていた。展望台がその中央に建てられていて、有料で入る事ができる。

 しかし、特に展望台に登らなくても、十分に景色を楽しむ事ができるので、展望台の利用者は、カメラが趣味の人ばかりだ。

 公園の隣には、電波塔が建っていた。これはラジオ放送と、アナログのテレビ放送のためのものだ。

 さて、この公園には、既に数十名の観光客が場所取りをしていた。カメラやスマホで、日の出の風景を撮影するつもりなのだろう。


 ゴパルも公園に足を踏み入れて、思わず足を止めて感嘆した。


挿絵(By みてみん)


「おお……これがマチャプチャレですか。凄いな」

 サランコットの丘からは、谷を挟んだ北側に、巨大な岩山が鎮座しているのが見えた。岩山の名前はマチャプチャレ峰。麓のポカラ北端が標高千メートル弱なので、岩山の高さは六千メートルにも達する。


 先日、ゴパルがナヤプルへ向かった車道が、丘の直下に広がる谷を東西に真っ直ぐ通っている。

 その谷底は、マチャプチャレ峰の裾にもなっていた。

 ゴパルが、谷底から視線を上方へ上げていく。谷底から急斜面の森が始まり、その森が樹種を亜熱帯林から常緑樹林、そして落葉樹林から竹林、さらに黒緑色の針葉樹林に姿を変えながら、森林限界を迎えて途絶える。

 その上には、枯れ果てた大草原が、岩が露出しまくっている急斜面に貼りついて広がっていた。その枯れた草原も、標高が上がると雪に覆われて、その先は完全な氷雪の世界となっている。

 白と黒しかない世界だ。その白が、次第に日の出前の光を浴びて、淡い紫色に輝き始めていた。

 そして、マチャプチャレ峰の山頂は、魚の尾の形では無く、見事な鋭角三角形だった。余りにも鋭いので、人工物にすら見える。山頂付近の傾斜は、ほぼ絶壁になっていて、氷雪もそれほど貼りついていない。

 そのような、高さ数百メートルもの黒い岩盤が露出し、今は、次第に赤く染まっていく上空の色を吸収している。


 マチャプチャレ峰はサランコットの丘から見ると、単独峰のように見える。実際は、アンナプルナ連峰と連続しているのだが、そのアンナプルナ連峰は、全て分厚い雲に包まれていて見えなかった。

 その雲が、上の方から次第に赤く染まっていくのを見上げながら、ゴパルがため息をついて口元を緩めた。

「アンナプルナ連峰は、お預けですね。マチャプチャレ峰も、早くも雲に覆われてきましたし」


 確かに、マチャプチャレ峰にも雲が流れ込み始めていて、急速に山容が雲の中に隠れ始めていた。サビーナが、ゴパルの肩をポンと叩き、鋭いながらも優しい視線を送る。

「雨期の終わりだからね、まだ。ま、乾期になれば、飽きるくらい毎日見る事ができるわよ。実際、あたし達のような地元民は見飽きてるし」

 カルパナもサビーナに続いて語った。

「ですが、マチャプチャレ峰だけでも見る事ができて、良かったですね。隠者様によると、槍の霊峰という事だそうです。バドラカーリー神の神鎗ですね」

 ゴパルが素直に納得する。確かにコレは、槍の穂先だ。

 いったん、カルパナが峰の頂上を見上げてから、軽く祈り、視線を再びゴパルへ戻した。

「標高は七千メートルにも達しないのですが、登頂禁止です。他のアンナプルナ連峰は登頂できるのですけれどね」


 今や、雲が大量に発生していて、マチャプチャレ峰の森林地帯の全域が覆われ始めていた。峰が、雲から浮かび上がっているような印象に変わる。

 カルパナが、せっかくですのでと断って、観光ガイドを簡単に始めた。

「マチャプチャレ峰も、直下の絶壁の下までは登山できますよ。民宿や集落が無いので、本格的な登山装備が必要ですが」

 ゴパルが興味深く聞いているので、カルパナがマチャプチャレ峰の背後を指さした。

「今は雲に隠れて見えませんが、背後には八千メートル級のアンナプルナ連峰があります。登頂できますが、実はネパールで一番危険な山です。登山隊の生還率が国内最悪ですね」

 カルパナが、真剣な視線をゴパルに向けた。

「アンナキャンプまでは、楽に行けるのですが、その先は死の世界です。ゴパル先生も、十分に用心してくださいね」

 ゴパルが背筋をピンと伸ばして、深くうなずいた。

「確かに、アンナキャンプの上にある取水場まで登りましたが、風で体が浮き上がりそうになりました。十分に注意します」

 カルパナが、心配そうな視線をゴパルに送った。

「そんな危険な事をしたのですか? 今度、そのような事をしたら、ラビン協会長さんに言って、アンナキャンプへの出入りを禁止してもらいますよ」

 バッタライ家なら、本当にやりかねないと思ったゴパルが、素直に謝った。

「ごめんなさい、それだけは勘弁してください。低温蔵の建設ができなくなります」


 その時、スマホで撮影をしていたレカが、嬉しそうな声を上げた。

「あ! 日の出だー」

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