サランコットの頂上
カルパナとサビーナも、顔を見交わして同意した。カルパナがゴパルに提案する。
「せっかくですので、頂上まで登ってみませんか?」
ゴパルも特に今は用事が無いので、素直に賛成する。
「そうですね。登ってみましょうか」
今も十数名の欧米人やインド人、それに中国人観光客が、頂上へ向かう階段を上っている所だった。その列に加わる。
ゴパルが、民宿街の土道に停めてある車やバイクを見下ろして、再び首をかしげた。
「インドでも電気駆動の自動車が増えていると聞きます。ネパールでも増えてくるでしょうね。エンジン駆動の車やバイクの修理とか、この先大変になるのでは? 壊れにくいのかな?」
カルパナが微笑んだ。
「実際によく壊れますよ。今や、バイクも電気駆動に切り替わってきていますし。故障しても部品不足で直せない事が増えて来たと、弟が嘆いていました」
今ここに停車している自動車やバイクは、インド番号を除けば全てエンジン車だ。この風景も間もなく変わるんだろうなと思うゴパルであった。まあ、彼の場合は移動手段としてしか考えていないので、特に感傷は覚えていないようだが。あえて考えるとすれば、運賃が値上がりするのかどうか、くらいだ。
サランコットの丘は、ナウダンダから東に延びる尾根筋の東端にある。標高は千六百メートル弱で、頂上には展望台と電波塔が建てられている。ポカラからロープウェイで気軽に行き来できる景勝地なので、かなり人気のある場所だ。
ただ、今は雨期なので、観光客の数は数十名に留まっていた。乞食や行商の少年が十名以上も居て、盛んに観光客に乞うたり、押し売りをしている。一様に服装は、白く脱色したボロ野良着に、底が薄くなったゴムサンダルだ。日焼けしていて、皆、顔が黒い。
彼らに五ルピー札を手渡して、少年の行商人からはビスケットを買うカルパナとサビーナ、それにレカである。ゴパルもビスケットを一つ買って、早速、封を開けて食べ始めた。外国人観光客は、何も買わずに追い払う仕草をする者が多いようだ。
ゴパルが石造りの階段を上りながら、乞食達の服装を眺める。
「栄養失調には陥っていないようですね。こんな山で乞食や行商するのは大変だろうな」
レカが、サビーナの背中に貼りつきながら答えた。
「ネパール人は、乞食に優しいものねー。インドから流れて来たガリガリに痩せた乞食が、ネパールで太るってのは、よく聞く話ー」
まあ、確かに、ポカラ国際空港の駐車場にたむろしている乞食達も、肌の色艶が良かったな、と思い起こすゴパルである。少なくともポカラでは、気温が四十度を超える日は無いし、氷点下になる事も無い。
カルパナが、乞食の少年のアキレス腱に食いついていた吸血ヒルを、むしり取ってサンダルで踏み潰した。キョトンとした表情の少年乞食に、ヒンディー語で優しく指導する。内容は、傷口を沢の水でよく洗っておくように、というものだった。
少年乞食がカルパナから五ルピー札を受け取って、沢へ降りていく。
その後ろ姿を見送ったレカが、ニマニマ笑いを浮かべた。
「カルちゃんの、こういう所が好きなのよ~。気取ったバフン階級の人は、乞食に触れないものねー」
カルパナが寂しそうに微笑んだ。
「身分制度は、もう無いので、触れる触れないとか考えなくても良いのよ。普通に接すれば、それで良いのだけど……なかなか難しいわよね」
サビーナがカルパナの背中を押した。ちょっと怒っているようにも見える。
「ほらほら! ぐじぐじ考えないっ。さっさと頂上へ着かないと、日の出に間に合わなくなるわよ!」




