頂上駅
ロープウェイが目的地の頂上駅に到着する頃には、かなり夜空が明るくなっていた。
東の空に赤みがかかり始める。雲はまだ多いのだが、東の空には雲の切れ間があり、その隙間を通じて空が赤く染まっていく。
一方の西の空には、まだ雲の切れ間に星空が見えているのだが、こちらは急速に消えていく。空が明るくなってきているためだ。
ロープウェイの頂上駅に着いてゴンドラを降り、駅の外に出ると、そこは民宿街の中だった。
道はさすがに舗装されておらず、土道なのだが、泥沼や車の轍の跡も見られず、よく手入れされている。
ゴパルがその土道に降り立って、丘の上を見上げて首をかしげた。
「あれ? 頂上駅って、サランコットの丘の頂上では無いのですね」
確かに丘の頂上までは、さらに数十メートルほど登らないといけないようだ。
頂上駅周辺の土道は、等高線沿いに水平に走っていて、道の両側に十数件の民宿が軒を連ねていた。民宿街である。
スマホの地図で確認すると、この水平の土道は、東方面はポカラ市街へ通じ、西方面はナウダンダへ通じているとあった。
道端にはミニバスや小型四駆便、タクシーやトラック、インド番号を含む自家用車が十数台ほど停めてある。さらには百二十五CCのバイクも十台ほど民宿の前にあった。交通事情は、かなり良さそうである。
サランコットの丘の尾根は、民宿街から見上げると、里山の森で覆われている。民宿街は、この尾根下に等高線に沿って水平に造られていた。
一般的なネパールの集落は、尾根筋に設けられているものだ。風通しが良く、収穫物の貯蔵にも向き、土砂崩れの危険性も少ないためである。
しかし、問題点としては水の便利が悪い。民宿では大量の水を使うので、これでは良くない。
そのため、尾根からある程度下った場所に設けたのだろうか。ゴパルは微生物の研究者で、社会学には疎いため、住民に聞くような行動は考えもしていないようだ。
それどころか、里山の状態が悪そうなので、がっかりしている。菌の採集には向かないと直感したのだろう。
土道沿いの民宿街では、朝食の提供が始まっていた。白人と中国人を中心として、大勢の観光客の姿も見える。
民宿街からは、ポカラ市街とフェワ湖全域が眼下に一望でき、南にはチャパコットの山々が、壁のようにそびえ立っている様が見えた。
チャパコットの山の尾根筋には白い仏塔があり、その周辺からは彩り鮮やかなパラグライダーが二つほど飛んでいる。ハウス棟も良く見えるのだが、さすがに作業員の姿までは遠くて見えない。
チャパコットの尾根を西へ辿ると、さらに高くて森に覆われた山に繋がっていた。その向こうには、ヒマラヤ山脈の南側に東西に延びる、標高三千メートル級のマハーバーラット山脈が雲を抱いて、その威容を示している。
インドやテライ平原は、この山脈に遮られて見えなかった。ただ、すでに南の空には黄色いもやが、薄くたなびいている。早くも大地が乾燥し始め、その土埃が舞い上がっているのだ。
西の空に残っていた星空は、急速に消え去っていき、代わりに東の空が、本格的に赤く染まり始めていた。ゴパルが東の空を眺める。
「これなら、朝日が拝めそうですね」
サビーナも東の空を見た。
「そうね。今年は長雨で参ったわ、本当に」
彼女も二重まぶたの黒褐色の瞳を、優しげに細めている。元々の眼光が鋭くて、黒髪のショートボブの髪型なので、男のようにも見える。が、そんな言葉はかけないゴパルであった。
ゴパルがガンドルンで世話になったディワシュの姿を探す。すぐに見つかり互いに挨拶を交わした。ディワシュが頭をかきながら、ゴパル達に謝ってくる。
「済まねえな。野菜の配達がチャイ、ちょいと遅れてしまってよ。もうちょい待っていてくれ」
強力部隊長のサンディプの姿もあり、彼もディワシュと一緒になって野菜を民宿に配達して回っていた。
「そういう事だ。もうちょい待っていてくれ」




