KL
ゴパルが訂正したが、カルパナと協会長は、視線を外してくれない。仕方がなく、話を続けた。
「KLは、カトマンズ‐ローカルの略です。カトマンズ盆地と、周辺の山に生息していた土着微生物を収集して、その中から、人が誤って飲んでも害が出ない細菌と菌だけを選別しました。それらを三つのグループにまとめた液体資材です」
カルパナが、目元を和らげた。
「カトマンズローカルの略なのですね。カリフラワーの品種かと思いました」
協会長には分からない農業ネタだったので、彼だけは、きょとんとしている。ちなみに、このカリフラワーの品種は、通常のカリフラワーの二倍以上に巨大になる。風味もしっかりしていて、葉も香辛料炒めや、香辛料漬物にされて食べられている。
ゴパルには理解できたようだ。垂れ目を細めて笑った。
「私も、そのカリフラワーは好きですよ。さて、その微生物資材のKLですが、今年から首都で商業生産が開始されたばかりです。米国と欧州とで有機認証も取れていますから、カルパナさんのような農業専門家にも使いやすいと思います」
今度はカルパナが照れて、肩をすくめて畏まった。
「私なんかは、まだまだ未熟ですよ。米国の有機農業団体の会長さんに、質問攻めをする毎日です」
協会長が、恐縮しているカルパナを見て、口元を緩めた。
「そのおかげで、年々、有機農産物というか、無農薬栽培の野菜や、果樹に穀物の生産量が増えています。十分に立派ですよ」
ゴパルも、まだ恐縮しているカルパナを見て、同じように口元を緩めた。
「詳しい使い方は、後日教える事にしましょう。コツは、微生物ですので、餌というか栄養を与えて、作物と同じように育てる事です。土着微生物には、怠け者が多いですからね。大事に育てないと、仕事をしてくれません」
そして、本題に入った。軽く咳払いをする。
「家畜糞は、腐敗菌が多く含まれています。ですので、まず最初は、腐敗菌が少ない、新鮮な生ゴミを堆肥にする事から始めたらどうでしょうか。生ゴミで漬物を作る要領です。作物が利用できる有機体の養分も、家畜糞堆肥より多くて多様ですし」
カルパナが少し首をかしげた。
「私も生ゴミの堆肥化は、ずっと行っています。確かに、作物の生長には良いのですが……」
少し言い淀んだ後で、ゴパルに真っ直ぐな視線を投げかけた。
「悪臭と、ハエなんかの虫の問題が起こりませんか?」
ゴパルが垂れ目を細めて微笑んだ。
「その点は問題ないと思いますよ。密閉容器の中で堆肥化させますから。出来上がりも、アチャールやグンドルックみたいな感じです」
カルパナの二重まぶたの瞳がキラリと輝いた。
「そんな風になるんですか? それなら近所迷惑になりませんねっ」
アチャールとは、野菜や果物を、油を加えた香辛料と塩等で漬け込んだものだ。白ご飯を食べる際に、漬物のような感じで添えて食べる。大根やマンゴ、唐辛子、ラプシという木の実等を漬けたものが代表的だ。
グンドルックとは、からし菜等の葉野菜を塩茹でして、そのまま天日干ししながら発酵させたものである。ヨーグルトのような乳酸発酵をするので、酸味がある。見た目は緑色っぽい枯れ草だ。これを水で戻して、香辛料炒め煮にするのが代表的である。
協会長も、アチャールとグンドルックは馴染みがあるので、容易に想像できたようだ。
「では、早速ですが、カルパナさんの店の倉庫で、試作をしてみましょう。ゴパル先生、必要な材料や機材ですが、これで構いませんか?」
そう言って、ポケットの中から紙を取り出した。ゴパルが軽く目を閉じて謝る。
「すいません。クシュ教授が送ってきたのですね」
その紙をゴパルが受け取って、書かれているリスト内容を確認した。
「……うわ。ここまでやるんですか。本当にすいません、うちの教授が出しゃばり過ぎていますね、これは」
協会長とカルパナが、互いに顔を見合わせた。
「そんなに大それた準備ではありませんよ」




