リテパニ酪農
ジェシカとタンを空港で見送ったカルパナが、タクシーの運転手にチップを空港前で手渡した。
「今日はご苦労さまでしたね。少ないですが、これでチヤでも飲んで、一休みしてください。タクシーの一日利用料金は、既に振りこんだそうです」
運転手が恐縮しながら、両手でチップの三十ルピーを受け取った。これだけあれば、チヤとビスケットを注文できる。
「へへえっ。ありがとうございますです、カルパナ様っ」
タクシーがハンドルの切れも良く、走り去って行く。それを見送ったカルパナが、ゴパルにヘルメットを手渡した。
「では、私達もご飯にしましょうか」
空港近くのネパール料理屋で定食を食べてから、バイクの二人乗りで、ルネサンスホテルへ向かう。ゴパルが自室へ駆けて行き、すぐに荷物を抱えて戻って来た。小さな箱で、保冷材で厳重に包まれている。
「お待たせしました、カルパナさん。陸送できれば良かったのですが、これは種菌ですので、航空手荷物で持ち込むしか手がありませんでした」
カルパナが、ヘルメットのサンバイザー越しに、小さな箱を見つめた。やはり目がキラキラしているのが分かる。
「手荷物検査で引っかからなくて良かったです。これでレカちゃんのモッツァレラチーズ作りが、楽になると良いですね」
この種菌は、リテパニ酪農が公式に依頼していた、モッツァレラチーズ製造用の乳酸菌だ。ゴパルがヘルメットを被り、申し訳無さそうに背中を丸めた。
「研究室の保管庫にあった菌から、使えそうな物を選んだだけですよ。本当に使えるかどうかは、まだ分かりません」
リテパニ酪農に到着すると、レカと兄のラジェシュ、それに父のクリシュナ社長が、三人揃って出迎えてくれた。
早速ゴパルから、クリシュナ社長が小箱に入った種菌を受け取る。さすがに今は緊張しているようで、無駄な動きが最小限度に抑えられているようだ。
「早くも、こうしてモッツァレラチーズ用の乳酸菌の種菌を持って来てくださるとは。本当に感謝しますぞ、ゴパル先生」
レカの兄のラジェシュは、大喜びの様子で、今までで一番無駄に動きまくっていた。おかげで、ラフに束ねた長髪が、ブンブンと背中で振り回されている。筋肉質な体型なので、無駄な動きもダイナミックだ。
父親と共通している、太めで長い眉も無駄な動きを加速させている。
「こいつは凄いなっ。さすが専門家だな、ゴパル先生っ。ただの小太りじゃなかったんだなっ」
レカは早くもカルパナに寄り添って、手足をバタバタさせて何か騒いでいる。ぐぎゃぎゃとか何とか言っているので、多分、嬉しいのだろう。
ゴパルが、ヘルメットを脱いで小脇に抱えながら、申し訳無さそうに再び言い訳をした。
「いえ、これは単に研究室内の倉庫から、適当に選び出した菌です。実際に効果があるかどうかは、試してみないと分かりません」
しかし、レカ達三人は、全く意に介していない。クリシュナ社長が、ニッコリと笑ってゴパルの背中をバンと叩いた。やはり咳き込むゴパル。
「微生物なんて気難しいもんだ。良さそうな菌だったら、時間をかけて慣れてもらうさ」
ゴパルが礼を述べた。
「そう言ってもらえると、気が楽になります」




