米ぬか嫌気ボカシの評価
カルパナが、光合成細菌の培養箱を閉じて、最後の二百リットル容量の強化プラスチック製タンクを指さした。
「では、最後に米ぬか嫌気ボカシの評価をお願いします、ゴパル先生」
「はい」
ゴパルが、そのタンクのバックルを外して、フタを開けた。表面を覆っている新聞紙や薄いプラスチックシートを外して、ボカシの表面を露出させる。
米ぬか自体には特に色の変化は見られないが、こちらも満足な出来のようだ。
まだ使っていないティースプーンを、ゴパルがカルパナに頼んで持って来てもらい、それを使って米ぬか嫌気ボカシを少量取る。それを右の手の平に落とし、パクリと食べて、再びうなずいた。
「こちらも良い出来ですね。この臭いと、米ぬかの色、それに味を覚えておいてください。容器の底で米ぬか嫌気ボカシが腐敗を始めた場合、その悪臭が混じってきます。そうなった場合は、全量を廃棄してください」
カルパナもゴパルと同じように、ティースプーンで取った米ぬか嫌気ボカシを、右の手の平の上に落として食べる。口元が少し緩んだ。
「確かに、あまり美味しい味ではありませんね。ほんのりと酸っぱくて、パンとお酒の香りがします。少し粉っぽい感じもありますね」
カルパナがジェシカとタンにも、それぞれ少量ずつの米ぬか嫌気ボカシを、手の平の上に落とした。味見をする二人も、カルパナと同じような感想に至ったようだ。眉をひそめて口をへの字に曲げている。
酢の酸味と、米ぬかが乳酸発酵した酸味とは異なるので、感じ方も異なるためだ。タン女史は色白の顔なので、中国北部で活動しているのだろう。この地域は米よりも小麦を主食としている。
カルパナがジェシカとタンの反応を気遣ってから、ゴパルに質問した。
「ゴパル先生。腐った場合ですが、どこに捨てた方が良いですか? 堆肥の材料に使っても構わないと思いますが……」
ゴパルが同意した。米ぬか嫌気ボカシの表面をポンポン叩いている。
「堆肥の材料で良いと思いますよ。捨てる場合は、果樹園が無難でしょうね。根から離れた場所に薄く撒いて、土とよく混ぜて、最後に培養液を百倍くらいに水で希釈した液を、土が湿る程度に散布してあげれば大丈夫です」
ちょっと考えて、補足説明をする。
「翌日、土の表面が白い菌糸で真っ白くなりますが、二週間ほどで消えますよ。あ、この白い菌糸はカビなので、有機物の分解能力が高めです。作物や果樹の根も分解してしまうので、十分な距離をおいて、離れた場所で土と混ぜてください」
カルパナが目を点にして驚いている。隣のジェシカとタンも同じような表情だ。
「土着菌なのに、凄い威力があるのですね」
ゴパルが素直にうなずいた。
「そうですね。菌が暴れるというような表現を、微生物学研究室では使っています。決して病原菌ではないのですが、有用な菌でも時として暴れて、作物に被害をもたらします」
カルパナやジェシカ、タンに配慮しながら、穏やかな口調で話しを続ける。
「ましてや、このKL構成菌には、日和見菌も多く含まれていますから、大暴れする事もありますね。菌の活動が落ち着いてから、使うのがコツです。堆肥を寝かしてから使うのと、理由は同じですよ」
カルパナがスマホで撮影を始めながら、納得した表情になった。
「分かりました。気をつけます。堆肥作りでも、仕込んでから切り返しを続けて、半年間以上も寝かさないと使えません。液肥も使った事がありますが、これも熟成させないと使えませんね。特に木の枝を蒸留して作る木酢液は、半年間以上も寝かさないと有害です」
日本の農家が使う木酢液は、落葉広葉樹が多いので、それほど長く熟成させる必要は無い。ポカラは亜熱帯性気候なので、森の木々も常緑樹が多いのだ。
木酢液の作り方は多々あるが、ここでは、枝葉を炭にする際に出る煙を蒸留して、冷やして液体にした物を指している。黒いタール成分が多く含まれているので、静置して分離除去する。
出来上がった木酢液は、透明な褐色で、刺激臭がする。酢と書かれているが、決して飲んではいけない。
余談ついでに使い方であるが、水で五百倍以上に薄めて葉や枝に散布する。木酢液に含まれる酸と刺激物によって、害虫を追い払うために使う事が多い。
人間にも有害な物質が含まれている場合があるので、防護マスクとゴーグル、それにゴム手袋は装着した方が良いだろう。
また、酸性土壌で栽培する作物や、果樹に使うと効果的である。雑穀類や、茶、パイナップル、リンゴ、オレンジ、レモン、カシューナッツ等では効果が大きくなる。




