カルパナ
雨はまだ強く降り続いているようで、上下のレインスーツは、びしょ濡れだった。足は靴では無く、白いゴム長靴で、泥で汚れている。グローブは着けていない。
店の入り口に入ると、白いゴム長靴やズボン型のレインスーツに手を伸ばした。それに付着している、尺取り虫のような動きの吸血ヒルを数匹、つまんで踏み潰す。慣れた動作だ。間違いなく、農作業をしていたのだろうな、と思うゴパルである。
レインスーツのズボンは、白い長靴を覆っていて、シールでぴったりと隙間が閉じられている。これによって、雨水が長靴の中に入る心配は無い。また、同時に吸血ヒルの侵入も防いでいる。
身長は百六十センチくらいだろうか。ゴパルが百七十で、協会長が百六十五ほどなので、比べると背が低く見える。年齢は二十歳前半か。ちなみにゴパルは二十代後半である。
農作業をしているせいか、レインスーツの上から見ても、結構引き締まった体格をしている。ゴパルにも合掌して挨拶してきた。その両手が意外なほどに骨太で、荒れている。農家の手だ。顔も日焼けしていて、見事な小麦色になっている。髪も日焼けしているせいか、ツヤがあまりない。やや癖のある黒髪で、うなじの辺りでまとめて、腰まで真っ直ぐに垂らしている。よくある髪型だ。
「初めまして、カルパナです。ゴパルさんですね。こんな雨の中、お越しくださいまして、ありがとうございます」
そう言いながら、カルパナが微笑んだ。パッチリした二重まぶたで、黒褐色の瞳である。しかし、目の印象と、スラリと細い眉とがもたらす印象とは違い、雰囲気は穏やかだ。
ゴパルも合掌して挨拶を交わす。
「ゴパルです。首都も雨ですので、お気遣いは無用ですよ」
周囲を見ると、このピザ屋のスタッフや料理人達も、カルパナに合掌して挨拶をしている。
その様子に感心しているゴパルの右隣の席に、彼女が座った。テーブルの上の紅茶ポットを見て、ピザ屋のスタッフに同じ紅茶を、カップで注文する。レインスーツ姿なので、クシャクシャと音がして、草と土の匂いがゴパルまで届いた。
カルパナが、二重まぶたの黒褐色の瞳を輝かせて、向かいの協会長に微笑む。
「ポカラ産の紅茶を、早速お出ししたのですね。レカちゃんも喜びます」
そして、少し真剣な表情になり、ゴパルに視線を向けた。
「話は、ラビン協会長さんから聞いています。微生物の専門家さん、なのですよね」
ゴパルが照れて頭をかいた。少し猫背になる。
「いえいえ。ただの助手ですから。今回のポカラ訪問も、私の上官、クシュ教授の発案ですよ」
協会長がカルパナに、これまでゴパルと話した内容を、簡単にまとめて知らせた。ミルクティーがカップで供されたので、それを受け取って聞くカルパナだ。
二分後、聞き終えたカルパナが、紅茶のカップから口を離して、ゴパルに視線を向けた。
「小麦の赤サビ病と、いもち病だけでは無いのですよ。パパイヤや、大バナナでも病気が流行しています。ポカラは、ミカンやオレンジ、レモンの産地だったのですが、今では病気で、これらも壊滅してしまいました」
ゴパルも、カルパナ同様に深刻な表情になった。
「カンキツグリーニング病ですね。世界的に大流行している病気です」