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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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パメの家の屋上

 パメの家は、サランコットの丘の急斜面に沿って建てられている三階建てだ。そのため、最上階の屋上へ出ても、斜面まで近いので、それほど高さを感じない。

 手を洗ったゴパルがダイニング部屋から、そのまま扉を開けて屋上に出る。雨は降っていなかったが、曇り空のままだった。月も見えない。屋上には発光ダイオードの灯りが一つあるだけで、かなり暗い。手元が何とか見える程度だ。

 それでも背伸びをして、眼下のフェワ湖の夜景を眺める。レイクサイドの繁華街は山の陰になっていて見えないのだが、ダムサイドのホテルやレストラン群は見える。客室や食堂に明かりがついているのを見て、安堵するゴパルだ。

「スーパー南京虫の殺虫処理が無事に終わったようだね。殺虫剤を使わずに、高温蒸気を使っているから、すぐに客室が使えるのかな」


 続いて屋上へ出てきたのは、ナビンだった。まだ無言で真顔のままだったが、ゴパルと一緒に夜景を眺めていると、平常状態に戻ってきたようである。

 大きくため息をついてから、ゴパルに笑顔を向けた。

「ゴパル先生、食事を全て平らげてくれて、ありがとうございました。これで息子達にも示しがつきます」


 屋内から子供が泣いている声が聞こえる。恐らくは下の子供だろう。ゴパルが子供達に同情しながら、バフン階級の厳しさにも感心した。

 ゴパルのスヌワール族は、グルン族やタカリ族と同じ階級なので、こういった食事制限は緩い。

「カルパナさんが、有機農業にこだわる理由が一つ分かったような気がします。同じ野菜でも、有機肥料で育てた場合は、風味が豊かになりますから」

 ナビンが微妙な表情になって、角刈りの頭をかいた。二重まぶたの目が細められて、細長い眉がひそめられる。

「バッタライ家の親戚が住む集落だけで、有機農業をすれば、俺も父母や叔母達も、文句は無いんですけどね。シスワとかリテパニとかでも指導してるので、トラブルに巻き込まれる事が多くて」


 バッタライ家は今でも、パメやチャパコット、それにナウダンダで広大な土地を有する大地主だ。元小作人や親戚が多いので、比較的安全なのだろう。

 一方、シスワは最近になって移住してきた者が多い土地である。リテパニは、元不可触民を含む低位カースト階級や、山を下りて来たグルン族等が、土地を求めて不法占拠している場所に接している。

 ゴパルがカルパナに連れられて回った際には、特に危険な印象は無かった。しかし、弟や親や親戚にとってはハラハラするものなのだろう。

 ゴパルの母が、ポカラ地域そのものを小バカにしていた事を思い出したので、ナビンに聞いてみた。彼の顔も屋上が暗いせいで、あまりよく見えない。

「行く先々で、カルパナさんの武勇伝がどうの、という話題が出ていましたが、やはりその、トラブル関連ですか?」


 ナビンが肩をすくめながら肯定した。今度は眉が、上下にピョコピョコ動いている。

「ですね。姉が一人でバイクに乗って、あっちこっちへ行ってるので、護身術を学ぶように勧めたのですが……隠者様が、時間の無駄だから止めておけと、ストップがかかりまして」

 隠者に言わせると、護身術を習うよりも先に、バイク走行中に転倒しても、ケガを最小限度に抑える転び方を習得すべし、だったそうだ。

 暴漢は武装しているものなので、ナイフを一本持ち歩く方が抑止力になるとも言ったらしい。


 ゴパルが腕組みしながら納得した。カルパナのバイクでジャンプした衝撃を思い出して、尻をポンポン叩く。

「なるほど。理に適っていると思います。暴漢に出会う確率よりも、バイクで転ぶ確率の方が高いでしょうし」

 ナビンも似たような経験を何度かしているようだ。ゴパルと同じような動作をしている。

「ナイフでは農作業に不便だから、大きな草刈り鎌を腰に差しておけと、隠者様に言われまして、その通り実行していますよ。今は、鎌を鍛冶屋に出していでもらっているようですが」

 確かに、草刈り鎌であれば、そこらへんの折り畳みナイフよりも刃渡りが長い。ネパールの鎌は何種類もあるのだが、腰に差せるという表現からして、山刀の先がクルリと丸く巻いている形状の鎌だろう。突き刺せないククリ刀みたいな鎌だ。鎌の峰が分厚いので、釘も打てる。

 ゴパルが素直に納得した。

「大きな刃物を持っていれば、それだけで暴漢は近寄らなくなりますね」


 そこへ、カルパナが苦笑しながら屋上へ出て来た。

「重いのが欠点ですけれどね。鎌の研ぎ直しが終わったという知らせが、鍛冶屋さんから入りましたので、明日にでも受け取りに行ってきます。石に当たったりしてできた刃こぼれが多かったみたいで、時間がかかってしまいました」

 ゴパルが首をかしげて、カルパナに聞いた。

「では、鎌を持ち歩かない間は、何か他の防犯用品を携帯していたのですか? 私は気がつきませんでしたが」

 カルパナが微笑んで、サルワールカミーズのズボンに巻き付いている腰ポーチから、小さなスプレーを取り出した。


挿絵(By みてみん)


「唐辛子スプレーです。ポカラ工業大学のスルヤ先生にお願いして、試作してもらいました」

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