パメの家
シスワでは、グアバを一キロと、スナックパインを一玉買ったゴパルだ。かなり財布の状況が、ひっ迫しているのだが、後は泊まるだけだと割り切ってしまったようである。
グアバの果実は爽やかな黄緑色で、ゴパルの拳よりも一回り小さいサイズだった。ちょうど良い熟れ加減のようで、甘くてハーブ系の香りがする。
(グアバは甘さ控えめで美味しいんだけどね。種が意外に固くて多いのがなあ……)
スナックパインも熟れ加減が良さそうで、全体に薄く黄色がかっている。大きさはゴパルの頭よりも一回りほど小さい。これは果皮が手で楽に剥く事ができる品種である。ただ、果実が大きいので、結局は包丁で切り分ける事になるのだが。
(これは楽しみだな。首都ではなかなか売っていないんだよね)
首都のカトマンズ盆地は温帯性気候なので、グアバやパイナップルの栽培には不向きである。今はまだ幹線道路が土砂崩れからの復旧を果たしておらず、片面通行規制や日中通行止めの区間が残っている。
そのため、インドやテライ地域からの亜熱帯果実の流通が滞っていた。最優先物資が燃料やガスなので、やむを得ない。
弟夫婦とカルパナが住んでいるパメの家は、パメ集落の中では無く、沢を渡った先の小高い丘の上に建っていた。ここへ来るのは初めてなので、興味深く眺めるゴパルだ。
「斜面に沿って建っているから、実質三階建てかな。部屋数も多そうだし、前庭もあるし、これは家と呼ぶよりも屋敷ですね」
カルパナがゴパルからヘルメットを受け取り、自身のヘルメットも脱いだ。サラリと黒髪が溢れて、彼女の腰の辺りまで垂れる。
早速、家の玄関前まで出迎えている、彼女の弟に軽く手を振った。彼の横には、カルパナ種苗店の倉庫に置いてきた、ゴパルのキャリーバッグがある。
「少し大きい家というだけですよ。季節によっては、寺院の巡礼客向けに部屋を解放しています。これからは、ダサイン等の祝祭が重なる時期になりますから、お断りしていますが。ゴパル先生が、今年最後の客ですね」
そして、バイクを家の前庭の一角に停めた。上空の雲行きを見上げて、軽く首をかしげる。
「しばらくは、雨は降りませんね。ここに置いておきます」
その視線をゴパルに向けて、弟を紹介した。
「以前に会っていると思いますが、改めて紹介しますね。私の弟のナビンラズです。アンビカさんと結婚していて、今はラビンドラとアディタの二人の男の子のお父さんです。ナビン、こちらはゴパル先生」
彼は姉のカルパナに似ていて、パッチリした二重まぶたの黒褐色の瞳をしている。ただ、姉と違い、やや垂れ目だが。細長い眉も似ているが、髪は角刈りで短い。髪の毛先は癖のせいか、少し丸まっているようだが。
身長はゴパルと同じくらいなので、百七十センチほどだろう。手足が長く、結構筋肉質だ。
そんなナビンが合掌して、ゴパルに挨拶をした。
「初めましてでは、ありませんね。こんにちは、ゴパル先生。ようこそパメの家へ」
ゴパルが弟に案内されて家に入り、キョロキョロと中を見回した。かなり質素な調度品や家具、それにカーペットが敷かれてあるだけで、豪華な印象は無い。ゴパルの実家でも使うような、普通の物ばかりだ。
不思議に思っているゴパルだが何も言わず、サンダルを脱いで、室内用の布製スリッパに履き替える。
弟もゴパルのキャリーバッグを運びながら、室内スリッパに履き替えた。二重まぶたの目が細くなり、細長い眉が上下する。
「質素でしょう? バフン階級は『強欲張り』だと言われていますが、バッタライ家は、王政時代からこんなものだそうです。代々に渡る、聖者様や隠者様による御指導のおかげですね」
ナビンの口調が重くなった。
「ですので、寺院の巡礼客向けの民泊サービスをする際も、私達バフン階級の食事を摂ってもらっています。違反者は即、部屋を退去してもらいますよ。ここはポカラのホテル協会とは無縁ですので」
ゴパルが即答する。
「了解しました。ナビンさん」
ナビンが、ゴパルに心配そうな視線を向けてきた。
「……バフン階級の食事ですので、かなり不味いですよ。それでも構いませんか?」
ゴパルが気楽な笑顔で答えた。
「私もヒンズー教徒の端くれですからね。問題ありませんよ」
本当に端くれで、酒は飲むし、ディーロは食べるし、豚肉も好むゴパルである。その点は、指摘しないナビンであった。階段を上がると、客室が四室並ぶ廊下に出た。その一番奥の部屋を指さす。
「ゴパル先生の部屋は、あの角部屋です。ルネサンスホテルの部屋と似たような窓の配置ですので、違和感も少なくお休みできると思いまして、その部屋にしました」
ゴパルが頭をかいて恐縮している。
「お心遣いに感謝します、ナビンさん。ええと、では、荷物を置いたら、すぐにロビーに下りますね。カルパナさんを待たせてはいけませんので」
ナビンが、軽く肩をすくめて口元を緩め、ゴパルに部屋の鍵を手渡した。
「唐辛子の辛味を抜く実習ですよね。すいません、おせっかいな姉で」




