ポカラ工業大学
バイクに乗ったカルパナに先導されながら、慎重に車を運転していくゴパル。ハンドルさばきが悪いのか、車体が左右にフラフラとぶれた走りになっている。そのため、助手席跡地に置かれたゴパル用のヘルメットが、ゴロゴロと転がり続けていた。
交差点では、何度か交通警察官に止められたが、スーパー南京虫の殺虫処理場に向かうと説明すると、同情して通してくれた。
「大変だな。今日は、骨組みだけの車が右往左往しているよ。見通しは良いだろうが、くれぐれも安全運転をしろよ。座席に座っていない事は見逃してやるから」
運転席を外しているので、シートベルトも着用できない有様になっていた。今は細竹製の太鼓型イスに腰かけている。
車を発進させると、このイスが倒れそうになるので、運転が大変だ。イスごと転びそうになるのを堪えながら、警官に挨拶して走る。
後部座席跡地では、ディワシュとサンディプが、大いびきをかいて爆睡中だった。バックミラー越しに見て、ゴパルが口元を緩める。
レカナート市へ向かう幹線道路を東に走ると、バスパークが南側に見えてきた。このバスパークは主に首都行きの長距離バスが発着する。ラメシュ達がポカラへ遊びに行く際に、このバスを利用するのだろう。
バスパークにはネパール人の旅行客が百人ほど居て、茶店等で寛いでバス待ちをしていた。まだ雨が降りやすい天気なので、皆、雨傘を持っている。
バスパークの周囲にも宿が建っていた。
(これらも後日、大仕事をして、ベッドやイス等をトラックに乗せて、ポカラ工業大学へ運ぶのだろうなあ……)
気の毒に思うゴパルであった。
バスパークの路上には、タクシーや乗り合いバスが多数、路上停車していた。道にも大勢のネパール人旅行者が歩いているので、速度を落として慎重に車を進める。物乞いも居るのだが、座席も無い車には寄ってこなかった。
「金欠の助手には、ふさわしい車なのかも知れないなあ」
そのようなグチを漏らしながら徐行運転を終え、速度を上げると、すぐに門を通過した。ポカラゲートと呼ばれる観光用の飾り門だ。歩道橋の機能も無く、貧相な造りの門である。
とても観光名所にはなれそうにない門を、バックミラー越しに見て、一応とりあえず評価した。
「三倍くらい大きい造りだったら、見栄えがしただろうな。もったいない。ポカラで一番の、がっかり名所だよね、アレって」
ポカラゲートを通り過ぎて、さらに東へ走る。すると、先導するカルパナが、バイクのウインカーを点滅させた。
間もなくして、幹線道路を外れて、横道に入る。少し走ると大きな校舎が見えてきた。
ゴパルが、車の中から見上げて感心する。
「へえ。これがポカラ工業大学か。バクタプール大学の半分くらいの大きさだな」
バクタプール大学は赤レンガ造りの伝統的なデザインの校舎なのだが、これは白塗りの鉄筋コンクリート造りで近代的だ。
学生も多く、バイクや自転車も多く行き交っている。慎重に徐行するゴパルであったが、カルパナは工業大学の前を素通りして通り過ぎてしまった。不思議に思うゴパルであったが、すぐに理由が分かった。
「あ、そうか。大きな実験棟で殺虫処理をしていたっけ」
その通り、カルパナが先導した到着点は、実験棟の前だった。既に十数台ものトラックが荷降ろしをしていて、大量のベッドやイス、ソファー等の家具や寝具が、巨大な実験棟の中へ運ばれている。
カルパナが、バイクを駐輪場で停めてエンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。そのまま、ゴパルが運転する小型四駆車まで歩いて来て、後部座席跡を眺める。
呆れているようだが、口元と目元は優しげである。
「よく寝ていますね。起こさない方が良さそうです」
ゴパルも振り返って後部座席跡を眺めて賛同した。助手席跡地に置いていたヘルメットを手に取る。
「そうですね。ディワシュさんが来ていると、ここの責任者へ知らせておけば大丈夫でしょう」
そして、ほっとした表情になった。
「事故無く、ここまで運転できて安堵しました。運転にはあまり自信が無いもので」
カルパナが微笑んだ。
「そんな運転でしたね」




