カラスに導かれて
果たして、カルパナが指さした斜面には、二人の男が倒れていた。飛行ジャケットを着込んでいて、ヘルメット等もしっかりと装着していたので、大きな外傷は無さそうだ。
気絶もしていないのだが、墜落の衝撃が体にまだ残っているようで、動けないで呻いている。ロープも何本か体に巻き付いているままだった。
カルパナが二人の下に駆け寄った。続いてゴパルも駆け寄る。ここでやっと木の枝に、数羽のカラスが留まっている事に気がついた。カーカー鳴いている。
「お怪我はありませんか? 気分は悪くありませんか? 間もなく、救助が来ます」
カルパナが、斜面に倒れたままの二人の男達に、努めて冷静な口調で質問して、安心させている。
男達は気丈に返事を返してきた。二人ともにグルン族だ。しかし、カルナや強力部隊の連中と違い、顔に締まりがない。
「大丈夫だ、大丈夫。自力で山を下りるよ。救助なんてチャイ、不要だから。あ、本部へ連絡を……ん?」
二人の男達が、ポケットからスマホを取り出したが、どれも見事に壊れてしまっていた。電源も入らない。それでも気丈に振る舞う二人である。が、その顔が青くなった。
「ぎゃ……ヒル!」
吸血ヒルが、十数匹ほど男達に群がっていた。カルパナが口元を緩めながら、それらを引き剥がしてサンダルで踏み潰した。
しかし、既に咬みつかれて吸血されていたようで、咬み傷から出血が始まっている。吸血ヒルの唾液が傷口から流れ去るまで、いったんはそのままに放置するカルパナだ。
代わりに、彼女が自身のスマホを取り出して、ビシュヌ番頭達に連絡を入れた。
ゴパルも自身のスマホを取り出して、位置情報を割り出し、それを同じようにビシュヌ番頭と協会長に知らせた。インドの準天頂衛星が上空を飛んでいるので、誤差は数センチだ。
少しして、二人の男達が立ち上がった。二人して互いに体を支え合っている。
しかし、足や腕をひねっていたようだ。びっこを引きながら歩く事はできるのだが、痛みに顔をしかめている。そして、足を斜面で滑らせて、二人とも再び転んでしまった。
ボキン、という音が二回、森の中に響いた。ゴパルがジト目になる。
「今になって、骨折してしまいましたか……しかも、二人同時とか」
カルパナも苦笑しながら、呻いている二人の男達のケガを調べた。軽く肩をすくめる。
「脛の骨を折っていますね、お二人とも。仲良しさんなのですね」
そして、周辺に密生している一年生の若木を、十本ほど一気に引き抜いて、それらを束ねた。
「これを添え木にしましょう。何か縛るものは……」
二人の男達が、自身の飛行ジャケットを抱きしめた。
「こ、これは使えないぞっ。とてもとても高価なんだっ。破いてしまったらチャイ、社長に怒られるう」
何ともはや……と、無言でゴパルとカルパナが視線を交わす。ツタやツルも探してみたが、手頃な長さの物は無かった。
ふう、と小さくため息をつくカルパナ。
「仕方ありませんね。私の上着を裂いて使いましょう。お二方さん、パラシュートから脱出する際に使った、ナイフを貸してください」
今度はゴパルが慌てて制止した。グルン族の男二人からは、残念そうなグルン語が口から洩れているようだが。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。私の上着を裂いて使いましょう! そうしてください」
カルパナは既に、自身の白い半袖シャツの裾に手をかけていたのだが、ゴパルの必死の申し出を受け入れてくれた。彼女も少し冷静では無かったようで、今になって顔を赤らめている。
「そ、そうですね。そ、そうしましょうか」
ゴパルがヨレヨレな半袖シャツを脱いで、受け取ったナイフを使って裂き、包帯状にする。
ネパール人はシャツの下に、白い袖無しのランニングシャツを下着として着る習慣があるのだが、結局、その下着シャツまで包帯に使う事になってしまった。二人分の添え木固定に使うので、仕方が無い。
森の中で、上半身裸になったゴパルであった。日焼けせずに、たるんだ腹が、木漏れ日の中で白く浮かび上がる。何とも風情の無い光景がそこにあった。
グルン族の二人も、ジト目になって、ため息をついている。カルパナは耳の先を赤くして、ゴパルから目を逸らしているばかりだ。
ゴパルとカルパナの二人がかりで、グルン族の男達二人の添え木固定を済ませる。手慣れている様子で、すぐにきっちりと脛が固定された。
ゴパルの上半身には、吸血ヒルが寄ってきているのだが、これはグルン族の男が、取り除いてくれていた。
続いて、ゴパルがスマホで割り出した、現在地情報をカルパナに知らせる。カルパナがその情報を見て、正確な場所を理解したようだ。骨折の痛みで呻いている二人の男達に告げた。
「脳震とうの心配は無さそうですね、良かったです。では、救助に便利な場所まで移動しましょう。ご案内しますよ」
ゴパルとカルパナが、二人の男達に肩を貸しながら、急斜面をゆっくりと下りていく。ゴパルが支える男は、微妙な顔をしている。一方の、カルパナが支えている男の方はゴパル達に振り向いて、なぜか勝利のVサインをしている。
途中、行き止まりの崖があったが、藪漕ぎをして崖を回避して行く。ゴパルが男の一人を支えながら、カルパナの後ろで感心した。
「さすが地元民ですね。遊びに来た事があったのですか?」
カルパナがもう一人の男に肩を貸して支えながら、ゴパルに振り向いた。少し、お茶目な表情になっている。
「内緒ですよ」
崖を迂回して斜面を下りると、湖を挟んで、ちょうどルネサンスホテルの建物が見える場所へ出た。フェワ湖の南端で、すぐ近くにはミニ水力発電用の吸水所と、放流用の水門がある。
王妃の森を囲む鉄条網の外には、ビシュヌ番頭やスバシュ、それにラビン協会長達が、心配そうな表情をして立っていた。彼らの他にも大勢居て、その総勢は数十名にも達している。
カルパナの姿が、森の中から現れた瞬間、大きな歓声が上がった。その中には、笑い声も混じっているようだが。
カルパナ達が、鉄条網の一角に設けられている、作業員用の出入り口を通って、森の外に出た。たちまち、骨折したグルン族の男達二人が、タクシーに乗せられる。そして、そのまま、最寄りの病院へ搬送されていった。
ゴパルが、警察に請われるまま、墜落場所の位置座標を教える。そして、その情報を基にして、警官隊が王妃の森へ入っていくのを見送った。
「さて、これで一件落着ですね。カルパナさんが上着を裂かなくて、本当に良かったです」
その場合、下手すれば今頃ゴパルとグルン族の男二人は、このフェワ湖の底に沈められていたかも知れない。
カルパナは、その場面は想像していなかったようで、単純に恥ずかしがっていた。
「そ、そうですね。こんなに大勢の人が、出迎えてくれるなんて、考えてもいませんでした……あややや」




