隣の小屋
中はコンクリート床で、湿気防止のために、フォークリフト用の木製パレットが敷き詰められている。そのパレットの上には、どっさりと山盛りにされた大豆稈が乗っていた。
結構乾燥しているようで、多少のカビ臭はあるが、干し草の香りが小屋の中に漂っている。小屋の奥には、麻袋が山積みにされていた。
「袋の中身は、小麦ふすまですよ、ゴパル先生。汎用小麦粉の副産物で、インドからの輸入品すね」
小麦ふすまというのは、小麦ブランとも呼ばれ、小麦版の米ぬかである。しかし、収穫した小麦の実の外皮を十五%ほど含んでいるので、米ぬかと比べるとボソボソしている。
カルパナがスバシュの話を聞きながら、少し考えている。
「ポカラでも小麦の復活事業が進んでいます。エリンギ栽培で小麦ふすまが使えるようになれば、小麦農家の副収入になりますね」
小麦ふすまは、全粒粉としても使えるので、パン等での需要はある。しかし、この時代では汎用小麦粉として輸入されているので、全粒粉の入手がかえって難しくなっていた。輸入されているのは、ほぼ全て小麦粉なのだ。全粒粉は用途が小麦粉よりも狭いので、商品価値が乏しいとみなされているためである。
さらに、小麦はアレルギー性食品だという事もあって、食べない人も多い。家畜の餌にも使えるのだが、栄養価から見ると、米ぬかの方が優れている。キノコの菌床つくりで使えるのであれば、これは朗報だ。
そういった事情も踏まえて、カルパナが穏やかながらも、黒褐色の瞳を少し輝かせて話を続けた。
「そうなれば、ポカラでも小麦栽培する農家が増えますから、地元産で調達できるようになります。雨期を避けるように、品種と栽培暦を工夫しないといけませんが」
簡易ハウスでの確認を終えて、外に出るカルパナとゴパル、そしてスバシュ。また小雨が降り始めていたが、上昇気流がかなり強まっていた。雨が空中で舞って、渦を巻いている。
カルパナが、まだ上空を旋回しているパラグライダーを心配そうに見上げる。今は一つだけ飛んでいて、気流に翻弄されているように見える。
スバシュもチラリと上空を見上げたが、肩をすくめただけだった。すぐにカルパナに顔を向けた。
「では、カルパナ様。俺は、ケシャブさんのハウスを見に行ってきます。ヒラタケ栽培の次のフクロタケ栽培の準備も始めて良いですよね?」
カルパナも上空から視線をスバシュに戻して、うなずいた。
「はい、フクロタケ栽培の準備をお願いします。種菌は、既にゴパル先生の研究室から届いていますが、まだ栓を開けないように注意してくださいね」
スバシュが元気な声で答えた。
「合点っす! じゃ、また後で会いましょう、ゴパル先生っ」
小雨の中なのだが、そのままコンクリート舗装の坂道を駆け下りていった。
カルパナが、作業員にも、次の仕事に向かうように命令する。作業員たちが「ハワス!」と応えて、同じように坂を駆け下りていった。
その後ろ姿を見送り、申し訳なさそうな表情をしながら、ゴパルに語った。
「人手不足が深刻でして……作業員の方達には、時間に追われるような仕事をさせてしまい、申し訳なく思っています」
本当に真摯な方だなあ……と、感心しているゴパルだったが、その彼の視線が上空のパラグライダーに向けられた。カルパナに聞く。
「あの、カルパナさん……あのパラグライダーですが、いつも、あの辺りを飛んでいるのですか? ちょっと山に近すぎるような」
先程から気流に翻弄されているように見えたパラグライダーが、急速に弧を描きながら、チャパコットの山の斜面に近づいてきていた。
そのまま、王妃の森の方へ飛んで行き、ゴパル達の居る場所からは、森の木々に遮られて見えなくなった。
そして……ガサガサと木の枝が数十本ほど折れる音が、風に乗って聞こえて来た。カルパナの顔から血の気が引く。
「た、大変だ。落ちた」




