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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
301/1133

キノコの栽培ハウス

 竹製の簡易ハウスの中では、紐で吊り下げられた菌床がズラリと並んでいた。どれもまだ袋に入った状態だが、すでに菌糸が全体に回っていて、色が真っ白だ。

 ハウスの天井には、刈り草が分厚く敷かれていて、室内は暗い日陰になっている。

 スバシュが、ホースに取り付けた霧噴霧ノズルを使って、ハウス内部にまんべんなくKL希釈液を噴霧し始めた。

 ゴパルとカルパナが設定した希釈倍率が五百倍なので、わずかにKLの臭いや糖蜜の臭いがする。

 それでも快適に噴霧を続けながら、スバシュがゴパルに告げた。彼の服装は半袖シャツにジーンズ、それにサンダルという、どこでも見かけるようなものだ。手袋やマスク等はしていない。

「ゴパル先生、ハウス内部の湿度は七十五から九十%の間を維持しています。室内気温は平均で二十八度ですね。そろそろ晴れてくるので、ハウスの壁面を巻き上げて、換気をする予定です」


 ゴパルが袋の中の真っ白い菌床を、手に持って眺め、満足そうにうなずいた。

「順調ですね。これだけ菌糸が張れば、袋を外しても大丈夫でしょう。KL希釈液を散布しても、菌糸が負ける事にはならないはずです。今後の作業効率を考えて、同じような菌糸の張り具合の菌床を区分けして、まとめて一括管理すると良いと思いますよ」

 カルパナも袋を手にして、スバシュと共にゴパルの提案に同意した。

「パメのケシャブさんの簡易ハウスでは、今、ヒラタケの収獲最盛期です。KL希釈液を散布していますが、菌糸の勢いが増しているという話ですよ。コンタミ発生も低く抑えられている様子です」

 スバシュも嬉しそうにゴパルに報告した。

「おかげで、腐って廃棄する菌床の数が減ったと話していました。利益率の向上が見込めそうです。これで、ヒラタケの収穫量と品質が上がれば、素晴らしい事になりますよ」

 ネパールでは、日本と違って、収穫物を等級分けする習慣はそれほど無い。店先で、買い物客が各自で良い物を選ぶ方式だ。


 ゴパルが照れながらも、両手をプラプラと左右に振って、スバシュの予想を否定した。

「菌床の材料に、栄養剤を添加すれば増えると思いますが、材料はワラだけで変わっていません。収穫量については、過度な期待をしないでください」

 口調には多少の照れが混じっているのだが、顔は真面目だ。

「栄養剤を添加しても、恐らくKL構成菌と奪い合いを始めてしまうでしょうから、それほど効果は期待できないと思いますよ」

 カルパナとスバシュが顔を見交わして、笑みをこぼした。スバシュが、少々呆れ気味にゴパルに告げる。


挿絵(By みてみん)


「本当に、ゴパル先生は売り込み営業に向いてないですね。正直過ぎますよ」

 カルパナもクスクス笑いながら、スバシュに同調する。

「そうですね。KL製造会社からゴパル先生に、売上げが伸びないと文句が来ますよ」


 スバシュがスマホを取り出して、ケシャブに電話した。内容は、菌床を常に清潔にしておくようにというものだった。

 さらに、週二回以上は菌床をチェックして、虫や雑菌が侵入していないかどうか、確かめるようにとも言っている。

 最後に、侵入した菌床は、早めに汚染部位を切除するかハウスの外へ除去するようにと命令した。

 電話の近くには、アンジャナ達、三人の女児も居るようで、キャーキャーという高音が漏れ聞こえている。

 ここで、ケシャブからゴパルに質問があったようだ。代わりにスバシュが質問した。

「ゴパル先生。ヒラタケの菌床は、普通二回キノコが発生すると、廃棄して堆肥の材料にするんですよ。だけど、もう一回くらいキノコを出す事って、できるんですかね?」


 袋を使ったインド方式の栽培方法では、二回ほどキノコが収穫できる。

 それ以外の栽培方法では、丈夫なプラスチックボトルに菌床を培養し、ボトルの口だけを外気に曝してキノコを発生させるのが主流だ。

 ただ、この場合では、キノコの発生は一回限りで終わる事が多い。ボトルの底面を切り取ってキノコの発生を促す農家もあるが、インド方式ほど二回目のキノコは収穫できない。


 ゴパルが首都のラメシュに電話して聞いてみる。ちょうどチヤ休憩中だったようで、すぐにラメシュが電話に応じた。そのラメシュからの返事を代弁して伝える。

「菌床にショックを与えると、三回目のキノコ発生の確率が上がるという返事でした」

 ゴパルが電話中に書いたメモを見ながら、話を続ける。

「うちの研究室で行っているのは、KLと光合成細菌の五千倍希釈を入れたバケツの中に、四から十二時間ほど菌床を漬けておくというものです。まあ、一晩と考えて良いかと」

 ゴパルがメモをポケットに入れて、軽く肩をすくめた。

「それでも、キノコが発生する確率は半々だという返事ですね」

 ラメシュが、腕組みをして首をひねった。

「うーん……一晩漬けっすか。結構、場所をとりますね。半々じゃあ、歩留まりも悪いかなあ。ここは、やはり堆肥化して、次のフクロタケ栽培で使った方が効率的ですかね、カルパナ様」

 カルパナも、首を左右にゆっくりと振って考える。

「そうですね……今回は実験ですから、一晩漬けも試してみましょう。キノコがあまり発生しないようであれば、フクロタケ用の堆肥にするしかありませんね」


 スバシュが了解して、電話でケシャブに伝えた。

 その後で時刻を確認して、カルパナとゴパルを簡易ハウスの外に案内する。少し離れた場所に小屋があり、それを指さした。

「エリンギ栽培試験用の材料集めも、何とか進めています。大豆の収穫残渣しゅうかくざんさで、大豆稈だいずかんって言うんですけど。ポカラじゃ大豆農家って少ないんすよね」

 そう言って、スバシュが小屋の扉を開けた。

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