ピザ屋
この二十四時間営業の店も、ドアの無いオープンな形式だった。
店内に入ると、パンを並べた売り場があり、その奥にピザとパスタを出すカウンターがある。店内のテーブルとイスは、先程のインドネパール料理屋と共通で、半分ほどの席が、欧米人客を中心にして埋まっていた。他には、若干の中国人客と、着こなしの甘い日本人客が座っている。ネパール人も居るが、学生ばかりだ。
欧米から来た観光客の服装は、どれもラフな半袖Tシャツに半ズボン、サンダルばかり。いわゆる、バックパッカーのスタイルである。腕や脛に入れ墨を入れている欧米人もかなり多い。また、日本人を含めて、ヒゲ顔の男が多いのも特徴だろうか。
ただ、昔はタバコを吸っている人が多かったのだが、今は見られない。屋内禁煙の法律が施行されたためである。
ピザは業務用のオーブンで焼かれており、パスタも銀色に鈍く輝く、業務用のキッチンで調理されていた。おかげで、小麦粉が焼ける香ばしい香りと、チーズとバターの臭いが店内に充満している。先程の店では、香辛料の香りが充満していたので、確かに、違うなあと思うゴパルだ。
店の奥には、先程と同じく花壇が設けられていて、数多くの花やランが、鉢植え主体で飾られていた。花の種類は共通しているようだ。その花壇の前で写真撮影をしている、十名ほどの観光客を眺めながら、テーブルにつく。
早速、この店の食堂スタッフがやって来て、協会長に合掌して挨拶した後で、注文を受け付けた。協会長が、ゴパルに聞く。
「一人前の小さなピザで構いませんか? ゴパル先生」
協会長に問われて、すぐにうなずくゴパルだ。
「そうですね。ローティを食べたばかりですからね。では、トマトソースのピザを、一枚お願いします。飲み物はエスプレッソで……」
協会長が、一重まぶたの黒い瞳をキラリと輝かせた。
「ゴパル先生。ここは、ポカラ産の紅茶にしてみませんか?」
特にエスプレッソに固執する理由は何も無かったので、提案されるまま紅茶に変更するゴパルであった。
「しかし、先程からチヤを飲んでいますよ? 何か特徴があったとは思えませんが」
実際、チヤの味は、バクタプール大学内で毎日飲んでいるものと大差無かった。
協会長が、ピザを焼いている料理人に挨拶をしてから、ゴパルに振り向いた。何か考えているような雰囲気である。
「チヤの茶葉は、大量に使いますので、東ネパール産です。チヤに必要な香りは、水牛乳と自家製練乳に調和する必要がありますし、何よりも、長時間の煮出しにも耐える必要がありますから」
ゴパルが素直にうなずいた。
「そうですね。低地のテライ地域の茶葉は、渋味も風味も強いですね。ポカラは標高が高いので、どうしても渋味は弱くなりますよね。高地の茶葉の香りは、煮出すと揮発して飛んでしまいますし」
テライ地域は、ネパールとインドの国境沿いに広がる、巨大な平原である。標高は百メートル程度で、四月から六月の間は猛暑になる地域だ。一方で、冬の間は冷えるので、全体としてはポカラと同じ亜熱帯性気候となる。
協会長が、興味深そうにゴパルを見つめた。
「ゴパル先生は、微生物だけではなくて、農業面も詳しいのですね」
ゴパルが少し照れて、メガネに付いた雨粒を、紙ナプキンで拭き取った。
「KLは、農業や畜産水産向けの、汎用微生物資材ですからね。一通りは勉強していますよ。専門家ほどではありませんが」




