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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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二十四時間営業の食堂

 食堂は、ネパールでよく見られる、ドアの無い開放的な外装だった。中にはテーブルとイスが並べられていて、大勢のネパール人やインド人が談笑しながら、軽食や食事、お茶をしている。天井は高く、ここでも発光ダイオード照明が輝いていた。

 談笑と表現したが、インド人や平野部に住むネパール人は、笑う事を善しとしない習慣がある。そのため、傍目には怒っているようにも見えるのだが。口調が喜んでいる風なので、それで判断する。

 食堂スタッフも彼らに接する際には、真面目な顔をするように心掛けている様子だ。ヘラヘラと笑っていると、彼らを怒らせる要因にも成り得る。一方で、山間地に住むネパール人を相手にする際には、よく笑う。


 入口の付近には、モモを蒸しているマグネシウム合金製の蒸し器があり、湯気が雨の降り続く路上に流れている。モモは蒸し餃子のような料理だが、チベット風、ネワール風、そしてグルン風と民族によって包み方や具材が異なる。ここのモモはグルン風で、豚肉の香りがしている。

 その隣には、ローティやチャパティ等を焼く台があって、今も数枚の卵入りローティを焼いている所だ。

「朝食時には、プリやジェリも揚げていますよ」

 傘を閉じながら、協会長がゴパルに入店を促した。

 プリは小麦粉を練った、平たくて薄い小さな揚げパンだ。ジェリは渦巻き型の薄い揚げパンで、中にシロップが詰まっている。普通はダルと一緒に食べる。からし菜やジャガイモの香辛料炒めも頼む事が多い。


 ゴパルも傘を閉じて、放牧水牛を横に見ながら食堂に入る。

 中は二つに分かれていて、片方はイスラム教徒向けのハラル認証ビュッフェ、反対側にはヒンズー教徒向けの牛肉料理無しビュッフェになっていた。

 それぞれのビュッフェの背後には調理場があり、料理人が忙しく働いている。

 仏教徒は、どちらでも食べる事ができそうだ。中央には大きな花壇があり、観光客が撮影をしている。

「予想した通り、結構広いですね、ラビン協会長さん」

 ゴパルが協会長に誘われるまま、ヒンズー教徒向けビュッフェ席で空いているテーブルに座る。手荷物の一時預かりサービスもあるようだ。警備員も数名ほど常駐していて、さらに、地元警察からの警官巡回も併せて行われていると、看板に書かれている。


 すぐにネパール人の食堂スタッフがやって来て、協会長に合掌して挨拶をしてきた。とりあえずチヤと、卵入りローティを二つ注文する協会長である。ゴパルが警備員に注目しているので、彼も視線を向けた。

「退役軍人のグルンやマガル族の御子息には、就職や就学ができなかった者が多くおりまして。彼らが時々騒ぎを起こすので、その対策ですね」

 ゴパルも新聞等で聞いた事がある話だ。英国でのグルカ兵募集が先細りになり、さらに欧米全体で出稼ぎに行きにくくなっている。インドは好景気なので仕事はあるのだが、まだ欧米に比べると、報酬や給料は低いままだ。

 欧州もそうだが、インドの場合は、州ごとに言葉が異なる傾向がある。ヒンディー語しか話せないネパール人には就職口が狭くなりがちだ。そのヒンディー語も、ネパール語の語尾をヒンディー語っぽく変化させる程度なので、ネイティブのインド人には不評であるのだが。

 感覚としては、関西人でない者が関西弁を話すようなものだろうか。いちいち語尾に『やで』等が付けられると、かなりウザい。そんな感覚である。


 アラブの湾岸諸国では、使用人の仕事があったのだが、これも最近は募集が少なくなっているらしい。東南アジア諸国での、工場での単純作業の仕事も、機械化で少なくなっているとニュースで聞いていた。

 研究職のゴパルでも、その流れは実感できる。

「世の中が、かなり変わってきましたからね。仕事が減る業種もあるのでしょうね。機械化と人工知能化が進んでいます。ここの客も、皆、スマホを持っているようですし」

 確かに、それぞれのテーブルで談笑しているネパール人やインド人の客は、ほぼ全員がスマホを手に持っている。使用方法は、主にテレビ電話で、家族親戚や友人達と雑談をする事が多いようだ。

 ゲームをしたり、動画配信を見たりしている客は意外に少ない。仕事で使っているのは、ここではゴパルと協会長くらいだろう。


 ゴパルが協会長に一言断ってから、店内の無線通信速度を測定した。満足そうな表情になって、協会長に報告する。

「動画は若干カクつきますが、テレビ電話をするには十分な速度ですね。これで無料なのですか」

 協会長が、チヤと卵入りローティを受け取りながら、穏やかな表情で微笑んだ。注文してから三分ほどだ。同じチヤとローティがゴパルにも供された。チヤが注がれているコップは、耐熱性の強化プラスチック製だった。その割には、安物っぽく見えない。

 同時にプラスチック製の小さなプレートが、テーブルの上に乗る。そこには、滞在期限時刻が標示されていた。それを見ながら、協会長がチヤをすする。

「四時間以内ですけれどね。通信料金は、食事代金に含まれていますから、実のところは無料ではありませんよ」

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