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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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禁忌の話

 協会長が軽く微笑んだ。ロビーの一角を手で示す。

 『ラ・メール・サビーナ』というレストランの入り口があった。フランス語で、サビーナおばさんの店という意味だ。この雨にも関わらず、数名の裕福そうな服装の客が、談笑しながら店内に入っていくのが見えた。男性はスーツで、女性はサリー姿だ。

「地元客の開拓に力を入れています。この店は、富裕層向けのフランス料理のレストランですが、なかなかに好評です。美味しい料理で集客する、というのも考えていますよ」


 ゴパルが少し首をかしげた。彼は、もっぱらネパールやインド料理の毎日なので、フランス料理には詳しくない。

「ピザとかパスタ、ハンバーガーやフライドチキン……ですか?」

 協会長が、一重まぶたの瞳を細めて微笑んだ。

「いえ。それは二十四時間営業の店で提供しています。ここでは、もっと高い料理を出していますよ。子鳩の料理が好評です。他には、山羊や羊の料理ですね。ですが、ワイン等の酒や、豚肉、牛肉料理も出しますので、イスラム教徒や、厳格なヒンズー教徒の方には適していませんが」


 南アジアでは、ヒンズー教徒が多いので菜食主義者が多い。牛肉も禁忌だ。

 イスラム教徒はハラル認証を受けた食事でないと、食べてくれない。豚肉は論外だ。


 ゴパルもヒンズー教徒なので、素直に納得した。

「そうでしょうね。私のように、後でお祈りすれば大丈夫だと考えるような、いい加減な人達向けかな。鳥料理でしたら、比較的、敷居が低いと思います」

 協会長が、口元を緩めた。

「そうですね。食事に喜びを感じる方って、かなり多いですね。こういったレストランでしたら、人目につきにくいですので、入店しやすいと思いますよ」

 そして、口調を少し真面目なものに変えた。

「実際の所、富裕層の方々は、欧米や中国等と交流がありますので、彼ら向けの食事の場が必要なのですよ。香辛料を苦手とする外国人の方が多いですから。幸い、鳩料理は、ちょっとした高級料理として供する事ができますからね」


 色々とホテルやレストランも、世間に気を遣うんだなあ、と思うゴパル。

 新たに、もう一組の裕福そうな服装の客が、レストランへ入っていく。彼らに丁寧に挨拶をした協会長が、ゴパルに振り返って話を続けた。

「子鳩ですが、ポカラ産なのですよ。アンナプルナ小鳩としてブランド化しようと考えています」

 生産者目線で卸単価を考えると、鳩よりも牛肉の方が儲けが大きいのだが、食事の禁忌に触れてしまう。そういう状況では、鳩のような高く売れる鳥が良いのだろう。鶏では単価が安すぎる。

 ……等と考えるゴパルだ。その彼も、鳩を食べた経験は無いのだが。


 協会長がゴパルの反応を興味深く見て、説明を続けた。

「子鳩ではなく、小鳩にしたのは、商標登録の都合です。普通は、子鳩と呼びますからね。ですので、料理として出す際には、一般名の子鳩を使っています。ネパール語では、一単語で済みますから」

 ネパール語では、小鳩は『小さい』『鳩』と表現するので、二単語になる。一方、子鳩は『ひな』という単語で間に合う。

 ゴパルも、その説明を聞いて納得したようだ。

「なるほど、分かりました。では、私も子鳩と呼ぶ事にしますね」

 協会長が、穏やかに微笑んだ。

「ですが、ポカラ産の子鳩を宣伝する際には、商標登録してある『アンナプルナ小鳩』の方を使ってくださいね」


 また新たな客が、レストランへ入店していった。彼らは協会長と知己のようで、合掌して挨拶を交わしている。協会長が、客を店内に見送ってから、再びゴパルに顔を向けた。

「さて、この後ですが、どう致しましょうか? 予約時にご関心を抱いていた、二十四時間営業の食堂に寄ってみますか?」

 ゴパルが垂れ目をキラリと輝かせた。

「そうですね、ぜひ、お願いします」

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