子鳩のロースト サルミソース
さらに、発泡水を継ぎ足した給仕長が、主菜である子鳩料理を持って来た。子鳩という事なので、量は少ないのだろうな、と予想していたゴパルであったが、その予想通りの量だ。
「子鳩のロースト、サルミソースでございます」
協会長が、給仕長に告げた。
「手を使いますので、フィンガーボウルを二人分お願いします」
給仕長が承った。
「かしこまりました。少々、お待ちください」
そう言って、給仕長がアルミ製の、両手の平サイズの器を、ゴパルと協会長の手元に一つずつ置いた。器の中には、ぬるま湯とレモンの薄切りが入っている。
協会長が、ゴパルに聞く。
「テーブル上で手を洗う事ができますが、最初に洗面所で手を洗ってきますか?」
ゴパルが素直にうなずいた。
「そうですね。洗面所の方が、気楽かな」
洗面所で二人ともに手を洗ってから、テーブルへ戻る。
子鳩料理は、一羽丸ごとの子鳩をオーブンで焼いて、皿に盛りつける直前に切り分けるという、伝統的な調理方法だった。
ゴパルと協会長に供された皿には、子鳩の胸肉を薄切りにしたものが、一列に並べてられている。肉の下には、やや薄い褐色のソースが敷かれ、肉の上にも少しかけられていた。
肉の火加減は、ゴパルの好みの通りになっていた。肉の外側から中心部にかけての、穏やかな桜色のグラデーションが美しい。
薄切り肉の隣には、こんがりと焼いた腿が一本置いてある。皿の奥には、キノコのバターソテーと、温野菜が添えられていた。
皿の中央には、子鳩の心臓と肝を串焼きにした物が添えられていた。どれも小さいのだが、二つとも開かれていて、血管等の除去を済ませてあった。
皿の横には、小さなグラタンが別皿に盛られている。ジャガイモにクリームとチーズを加えてオーブンで焼いた、よくある付け合わせの皿である。さらに小鉢には、生野菜のサラダと、パテを塗られた小さなパンが付けられていた。
ゴパルが、子鳩の薄切り肉にかけられている、薄褐色のソースを覗き込んだ。きれいな色だなあ、と感心しているゴパルに、給仕長が穏やかな声で説明してくれた。
「子鳩は肉に脂が少ないので、鶏ガラのダシを加えたソースにしています。見た目は薄そうですが、しっかりした風味に仕上がっていますよ。塩とコショウも置いておきますね」
塩は赤い岩塩の粉で、コショウは手動ミルが付いたものだった。
協会長が、ゴパルに促した。早速、腿を手でつかむ。
「では、いただきましょうか、ゴパル先生」
実際には、腿以外であれば、ナイフとフォークで楽に食べる事ができるようになっていた。腿もナイフで切って食べる事は可能なのだが、小さいので、やはり面倒だ。手づかみで食べる方が気楽である。
ゴパルは、腿肉を最後に食べる事に決めたようだ。扇状に盛りつけられた子鳩の胸肉を、ナイフとフォークで食べ始めた。隣の皿のジャガイモのグラタンも一緒に食べる。
「あー……確かに、上品な風味ですね。鶏肉とは違うな。脂も、しつこくないし、グラタンと一緒に食べるのが正解ですね、なるほど」
そしてフランスの赤ワインを一口飲んだ。思わず目を閉じて唸ってしまうゴパルだ。
「……さすがですね。子鳩の胸肉の味わいを、さらに豊かにしてくれます。ワイン自体にも、ほんのりと鳩の香りが感じられるかな。余韻も良い感じです」
続いて、もう一枚の胸肉を食べ、今度は国産の赤ワインを一口飲んだ。今度は口をへの字に曲げて唸るゴパル。
「……むう。ただ単に子鳩の脂を、無難に洗い流すだけかな。果実の香りに加えて、かすかにスパイスの香りもして良いのですが……フランスのワインと比べると、味気無いですね。ブドウの味が出てしまっていて、余韻も乏しいかな」
合わせるワインで、こうも料理の味わいが異なるのか……と、愕然としているゴパルであった。給仕長が、ゴパルに心配そうな顔を向ける。
「ご不快になりましたか? そうであれば、申し訳ありません。さすがに、これは、やり過ぎました。その国産ワインは、テンプラニーリョ種ですので、それなりには子鳩とも相性が良いのですが……比較したフランスワインが良すぎました」
しかし、ゴパルは反対に喜んでいるようだ。黒褐色の瞳をキラキラと輝かせている。
「いえ、非常に有益な経験です。首都のバクタプール酒造で、色々とやるべき事が見つかった気がします。ありがとうございました」




