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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
189/1133

赤ワイン談義 その二

 給仕長が、協会長に微笑む。

「ゴパル先生のワイン園での仕事の、お役に立てるように、このワインではどうでしょうか?」


挿絵(By みてみん)


 どれもフランスのモレ・サン・ドニ村産だが、製造年が別々のワインを数種ほど提示して、協会長に提案し始めた。ワインの作り手の名前まで話している。

 ゴパルには、ほとんど呪文のような説明だったが、彼以外の人達には分かったようだ。

 やがて、隣のテーブルのアバヤ医師が、ジト目になった。

「なんだ、つまらん。無難すぎる選択だな」

 協会長は、反対にほっとした表情になった。ゴパルにも微笑みかける。

「子鳩といっても、飼育鳩ですからね。森鳩や山鳩ではありません。子鳩は、巣立ちした後の鳩と比べて、大人しい風味ですので、あまり個性の強い赤ワインでは、子鳩の風味が楽しめません。このくらいの穏やかなワインの方が私も安心できます」


 安心と聞いて、ゴパルもほっとした様子だ。しかし、安価な赤ワインは、普通、赤ブドウのジュースのような風味になる。

 そのような事を感じたゴパルの、心情を読んだように、給仕長が補足説明をしてくれた。

「料理のソースが、やや強めですので、ブドウの果実味が強すぎるワインは使いませんよ。両方共に、ソースに負けない力強さを備えていますので、ご心配なく」

 給仕長が厨房へ向かっていくのを見送った協会長が、ゴパルに伝えた。

「通常の、接待費の金額内に収まっていますから、大丈夫ですよ。ギリラズ給仕長も、常々、国産ワインには頑張って欲しいと話しております」

 給仕長が、厨房の手前で軽く振り返り、協会長にうなずいた。横顔しか見えないのだが、かなり真剣な表情だ。

 協会長がゴパルに話を続ける。

「こういった会員制レストランで消費されるのは、欧米の産地名や畑名、それに作り手の名前が表示された、有名なワインや発泡酒です。ネパール国産ワインには、頑張って欲しいのですよ。道のりは、かなり厳しいですが」


 欧米のワインは、産地が狭くなるに従って、高級品になる傾向がある。最も高価なワインは、特定のブドウ畑で収穫されたブドウだけを使ったものが多い。

 次いで、同一村内の複数のブドウ畑で収穫されたブドウを、ブレンドしたものが高価になる。

 以下、村々を合わせた地域単位、郡単位と広くなるにつれて、安価になっていく。

 そして、最も安い、テーブルワインと呼ばれる、ピザ屋等の食堂で飲まれているワインでは、産地名は郡単位である場合が多い。もしくは、記載もされていない。

 ただ、イタリアのワインの中には、大きな地域名しか書かれていないスーパータスカン等の高級ワインもあるので、注意が必要だ。アメリカ大陸産でも、スクリーミングイーグルといった、州名や製造会社名しか表記の無い高級ワインがある。


 ゴパルが発泡水を一口飲んで、肩を軽くすくめた。

「ネパールでは、単一農園でのワイン製造は、まだ少数ですね。何軒かの農家で収穫されたブドウを集めて、ワインを仕込むのが一般的です」

 発泡水のグラスをテーブルに置く。

「現状では、それでもブドウが足りないので、いくつかの集落で収穫されたブドウを使っています。ネパールの行政区画ですと、集落が村に相当しますから、村名どころか、地域名になりますね」

 そういった製法での利点は、あちらこちらのブドウを使う事で、品質が安定しやすい点だ。毎年、同じような品質と風味のブドウジュースが調達できる。それを発酵させて仕込むワインも、毎年安定する。

 反面、使用するブドウの品質は、出来の悪いものも使うので、相対的に低くなる。ワインの味わいも、平凡になってしまいがちだ。

 しかし、この手法でワイン作りをしている、高級ワインも欧米に存在する。そのため、この手法が絶対悪いという訳では無い。

 今回、給仕長が選択した国産ワインは、単一農園で収穫されたブドウだけを使って仕込んだ赤ワインだった。その意味では、ネパール国産ワインの最高峰という事になる。もちろん、ゴパルが先程言ったような環境なので、出荷数は非常に少ない。


 これ以上話すと、国産ワインを卑下する事にもなりかねないので、ゴパルが話題を切り替えた。

「ところで、ラビン協会長さん。これまでのスープにしろ、パスタにしろ、全て、私好みの味付けと量だと思うのですが、どういう仕掛けなのですか?」

 協会長が微笑んだ。

「先日、アンナプルナ連峰へ出立なされる前に、我々は、インドネパール料理屋と、ピザ屋で食べました。そのデータを分析しています」

 アバヤ医師も、協会長の話をニヤニヤしながら聞いている。コメントはしないようだが。協会長が話を続けた。

「それだけではなく、ホテル協会は、アンナプルナ連峰の民宿とも、データ共有をしているのですよ。ゴパル先生が、民宿で召し上がった料理と、お酒等についても共有しています。もちろん、個人情報は厳重に管理していますから、御心配なく」

 ゴパルの目が点になった。

(なるほど……つまり、今回の接待ランチの予算は、ポカラに着いてから今までの、行動の評価値でもあるのかな)

 協会長が、先程、ゴパルに紅茶を勧めたのも、その行動データが影響しているのだろう。確かに、アンナプルナ連峰の民宿では、チヤを大量に飲んでいた。

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