ポカラ観光再び
カルパナが運転する、オレンジ色の百二十五CCバイクの荷台に乗って、フェワ湖の沿岸をレイクサイドへ向けて走る。
南の空の晴れ間が、さらに大きくなっていて、空がますます明るくなってきていた。八月なのだが、長い間、雨続きだったので、気温は三十度に達していない。おかげで、湖畔を走っていると、風が気持ち良い。
ただ、カルパナのヘルメットから伸びる、束ねられた長い黒髪が、尻尾のように風になびく。それをヘルメットのサンバイザーでガードするゴパルであった。
また、荷台の上に敷かれている座布団も、大して役目を果たしていないように思える。
カルパナが、レイクサイドの通りに入る前に、ゴパルに振り返った。同時にハンドルが揺れて、車体が傾き、ゴパルが慌てる。カルパナがバイクを安定させて、謝った。
「すいません、ゴパル先生。レイクサイドは混雑していますから、裏道を通りますね」
裏道は、当然のように土道だった。棚田や段々畑と、民家の間を縫うように走っていく。かなり慣れた走りなので、日常的に通っているのだろう。
雨は上がっているのだが、やはり所々に水溜りが残っている。それらを回避し、時にそのまま突っ切って走る。
数分も走ると、砂利混じりの土道に出た。さらに民家が立ち並ぶ路地を進むと、舗装道路になった。しかし、穴だらけで、舗装も表面が剥げ落ち、砂利が剥き出しになっているが。ちなみに、この砂利は川砂利で、国産である。
古くて大きな構えの民家が立ち並ぶ通りに出て、カルパナがゴパルに横顔を見せた。
「マレパタンです。ちょうど、サランコットの丘の東の端ですね。幼馴染のサビーナさんの実家がある区画ですよ」
道沿いには、鉄筋コンクリート造りの民家が建ち並んでいるのだが、その奥には広い農地が広がり、ウリやカボチャ等が栽培されている。
農地はサランコットの丘の麓まで続き、丘の斜面に乗るように、大きくて古い民家が点在していた。
丘と呼ばれているが、実際は標高千六百メートル弱もある立派な山である。ポカラから見上げると、高低差が七百メートルもある。
ゴパルがキョロキョロして、通りを眺めた。
「首都やバクタプールの街は、ネワール族が建てた王国が由来ですが、それとは違いますね。落ち着いた雰囲気です」
カルパナが数頭の水牛と白い雌牛を回避して、舗装道路を走っていく。前に黒煙を吐きながら、ゆっくりと走るポカラ市内バスが見えてきた。
「そうですね。サビーナさんはタパ家で、チェトリ階級ですからね。ネワール族のように三階、四階建ての集合住宅を建てて住む習慣はありません。一軒家が並ぶ通りになりますね」
タパ家の男女が、カルパナの姿を見かけて、手を振って挨拶してきた。カルパナも、軽く左手を振って応えている。ここでは、知り合いだらけなのだろうなあ、と思うゴパルであった。
カルパナがバイクを運転しながら、後ろのゴパルに聞いた。
「この道を真っ直ぐ進むと、ビンダバシニ寺院に着きます。参拝してみますか?」
ゴパルがちょっと考えてから、うなずいた。
「そうですね。アンナプルナ内院から無事に戻って来る事ができました。一言だけでも、お礼を申し上げておきたいですね」
実際は、吹雪になって、アンナキャンプで缶詰になってしまったのだが、無事に戻ってこれたのは事実だ。多少、血を失ってはいるが。
カルパナが軽快にバイクを駆りながら、黒煙を吐き出すバスを追い越し、ゴパルに振り向いた。今回はハンドルが揺らいでいない。
「分かりました。では、寺院へ向かいましょう」
対向車の四駆車を、再び軽快に回避して、アクセルを開いた。加速度がグン! とゴパルにかかる。荷台の端にかけた両手で、体にかかる加速度を支えながら、そういえばと思い起こす。
「チベット寺院も、どこかにありますか? 実は、チベット僧の天気予報を、又聞きで知ったのです。おかげで、アンナキャンプでの仕事を、滞りなく済ます事ができました」
カルパナがヘルメットを被った頭を、軽く傾けた。
「……そうですねえ。私はチベット寺院には縁が無いので、何とも言えません。ポカラには仏教徒も多く住んでいますので、仏教寺院も多いですよ。ラビン協会長さんに聞いてみれば、適した寺院を紹介してくれると思います」
ゴパルが同意した。
「なるほど、そうですね。では、次回にでも参拝してみます」




