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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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ドライブ

 ルネサンスホテルがあるダムサイドから、ピザ屋があるレイクサイドまでは、朝でも人通りが多い。民家も多いので、地元民向けの朝市が開かれているためだ。

 レイクサイドには、二十四時間営業の店が、ピザ屋とインドネパール料理屋、中華料理屋の他に、コンビニや雑貨屋等もあるので、それ目当ての客もかなり多い。

 時々、ヘルメットから尻尾のように伸びている、カルパナの少し癖のある黒髪が、ゴパルの顔を直撃する。仕方がないので、サンバイザーを下ろす事にするゴパルであった。


 やがて、レイクサイドを通り過ぎると、店が全て閉じている世界に切り替わった。民宿も見当たらなくなり、普通の民家や農家だけになる。

 店もあるのだが、今は朝食を出す食堂くらいしか開いていない。朝食は、ゴパルが食べたようなものに、黄色い豆のダルが付く程度だ。これにジェリと呼ばれる、蜜を中に閉じ込めた揚げ菓子を出す店もあるが。

 まだ小雨がパラつくが、道は泥道ではなくなっていて走りやすいようだ。スイスイと舗装道路に開いた穴や、転がっている石や牛糞、水牛糞を回避していく。


 西に広がるフェワ湖は対岸まではっきりと見え、今は鉛色の湖面一面に、雨の波紋が刻まれている。

 その湖面には、数隻の手漕ぎ船が行き来していた。対岸までの渡し船だろう。他には、二隻ほどの色鮮やかなカヌーも見える。これは観光客相手のものだ。

 東にはサランコットの丘の急斜面が迫り、段々畑や棚田が、幾十にも重なり合って山肌を削っている。見た目は、巨大な階段のようだ。

 今朝は雲が高いので、サランコットの頂上まで良く見える。電波塔と、民宿街があり、それにレイクサイドとを繋ぐロープウェイが一本運航していた。

「先日は、雨に煙って見えませんでしたが、きれいな湖と丘ですね」

 ゴパルが、バイクの加速度に体を揺らしながら、周辺をキョロキョロ見回す。ヘルメットにはサンバイザーが付いているので、若干視界が狭くなるのだが、その分、頭を回して補っている。

 カルパナが、道端の人達に、左手を振って挨拶しながら、後ろに座っているゴパルにうなずいた。

「清掃活動をしているので、年々きれいになってきました。生分解性の袋や、容器が普及した事も大きいですね」


 政府の取り組みで、首都やポカラ等の地方都市では、日光に当たったり、土に埋めたりすると、自然に分解する、生分解性の袋や容器への転換が進んでいた。ゴミ捨て場の増成に困っての措置だったのだが、結果として、町の美化に大きく貢献する事になっている。

 田舎では、まだゴミ袋や容器が多く散乱しているので、景観上の問題が残っているが。

 クシュ教授も、この生分解性の袋や、容器の開発に関わっているのだが、面倒なので説明しないゴパルであった。

 微生物学研究室が発見した微細藻類を、水産学科の育種学研究室が遺伝子組み換えして光合成し、工学部で製品を合成する。その知見を基にして、民間企業へ技術移転をしていた。

 ただ、この藻類の養殖場は、熱帯で水温が高いスリランカ沖や、モルディブの赤道周辺海域だ。最近では、日照量の多い、パキスタンや、イランの沖合いにも設けているらしい。

 そのために、ネパールとしては、海外から生分解性の袋や、容器を輸入する事に変化は無い。


 カルパナがバイクを運転しながら、ゴパルに話を続けた。また数名の道端の人達に、左手を上げて挨拶をしている。かなりの有名人だな、と感心するゴパルだ。

「ポカラ市内での仕事の求人が増えているので、田舎では過疎化が進んでいますけれどね。耕作放棄地が増えると、自然環境も良くなります」


 まず最初に、パメにあるカルパナ種苗店に立ち寄る。すぐに、ビシュヌ番頭がチヤを持ってきた。真っ先にゴパルに一つ手渡す。

 彼は日焼けして骨太のがっしりした体格なのだが、予想以上に気遣いができる人だ。朝から忙しく働いているようで、黒褐色の短髪が少々乱れている。

「ゴパル先生、カルパナ店主のわがままに、お付き合いくださりまして、ありがとうございます」

 カルパナがチヤを受け取って、少し頬を膨らませた。先日、カルパナ弟が似たような事を、ゴパルに言っていたせいもある。

「ゴパル先生からは、前日にきちんと了承を得ています。今日も、お昼までの予定ですよ」

 そう言ってから、ゴパルに二重まぶたのハッキリした黒褐色の瞳を向けた。スラリと細い眉が、眉間に寄せられている。

「ご迷惑でしたか……?」

 ゴパルが努めて明るい笑顔を浮かべて、両手をパタパタ振った。少し荒れ気味の眉が、不自然に上下に動く。

「いえいえいえ。私の方から、カルパナさんに、農場の視察をお願いしようかと考えていました。迷惑だなんて、とんでもありませんよ」

 カルパナが、ほっと安堵の表情になる。

「そうですか。少々、お待ちくださいね。事務仕事を片付けてきますので」

 そのまま、チヤを持って、小走りで奥の机に向かって行った。

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