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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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有機農業

 カルパナが、ゴパルを真っ直ぐに見つめた。パッチリした二重まぶたの黒褐色の瞳が、深刻そうな光を帯びている。

「有機農業に、こだわりたいのですが……生産量が増えないままでは、化学肥料と農薬を多用した、慣行農法に変える必要が出てきます。その場合はトマトの品種も、在来種では無く、政府や企業が推奨する交配種になってしまいますね」

 カルパナの視線が、協会長に向けられていく。特に、非難めいた感じではないが。

「……実際、ホテル協会も政府の農業開発局と協力して、化学肥料と農薬を使った、交配種のトマト等の普及を進めていますし」

 協会長が、軽く肩をすくめてカルパナに謝った。

「申し訳ありません。野菜の量の確保が、どうしても最優先になりますので。政府に協力する事も、ホテル協会として重要ですし」


 ゴパルが働いているバクタプール大学は、その政府機関の一つだ。政府が掲げる、食料の年間を通じた安定供給を達成するために、育種学研究室が開発した交配種を普及する役目がある。

 なお、畜産や酪農、養殖は、別の学科が担当しているので、ゴビンダ教授の育種学研究室は、基本的に関与していない。畜産学科の育種学研究室や、水産学科の育種学研究室の縄張りだ。

 しかし、クシュ教授の微生物学研究室は、それぞれの学科に関与している。

 例としては、チーズやヨーグルトの発酵菌の研究がある。他に、医学部や工学部にも関与しているので、意外にも汎用性がある研究室だったりするのだ。クシュ教授の顔の広さや、強力な政治力の源は、その辺りにある。


 カルパナが話を続ける。

「南アジアの有機農業は、有機肥料や堆肥を使わない、放任型の農法が多いのです。自然流農法とか呼ばれていますね。私も最初はソレでした」

 表情が、再び、少し憂いを帯びてきた。

「ですが、サビーナさんがホテル協会の料理指導をするようになって、問題に突き当たりました。彼女は幼馴染ですので、私も応援したいのですが……」

 小さくため息をつく。

「現状の有機農法では、ラビン協会長さんが指摘した通り、収穫量が少なくて、需要に対応できないのです」

 サビーナが少しドヤ顔で応えた。

「あたしの野望は、ネパールで、一つ星レストランを打ち立てる事ですからね。野菜は、全ての料理の基本なのよ。特にダシはね。カルちゃんが作る有機野菜なら、それができるわ」

 サビーナには気の毒だが、星評価をするミシュランは、ネパールには来ていない。従って、ミシュランの覆面評価人が、自発的にポカラまでやってくるような環境づくりから、始めないといけないのだが。

 まずは、ネパール政府の公認から、地道に始める必要がある。

 彼女も、その事を考えたのか、顔を少し曇らせた。

「でも、農薬漬け野菜じゃ、無理ね。交配野菜も、不味いのばかりだし。ラビン協会長さんには悪いけれど。有機農業で育てた在来種が欲しいのよ。でも、虫食い野菜は要らないけれどね」


 ゴパルが軽く頭をかいた。

「なるほど、だから有機肥料や堆肥を多く使って、有機農業の生産量を上げたいのですね。政府の推奨品種は交配種ばかりですが、最近では在来種の保存にも熱心になってきていますよ」

 そう言いながらも、カルパナやサビーナのように、顔は曇っていない。

(……ま、しかし、私は微生物学研究室だし。低温蔵のオマケで、国内開発した汎用微生物資材KLを普及するのも、大学の目標に沿うよね。育種学研究室は、彼らでやってくれるでしょ。交配種の普及を応援する義理は無いし)

 同じ農学部なので、応援する義理はあるのだが……気楽に割り切って考えるゴパルであった。キノコを含めた、微生物資源の保存と研究も、政府の重要事業の一つである。

「有機肥料や堆肥は、微生物学の縄張りですからね。私は低温蔵の担当になると思いますが、その合間に、色々とお手伝いできると思いますよ。私も、有機野菜が好きですし」


 カルパナの表情が、明るくなってきた。ゴパルが次に、サビーナとレカに微笑む。

「お酒も、在来種の穀物を、地元の菌で仕込んだものが好きですね。在来種や菌は、研究上、非常に重要です。ネパールの財産ともいえます。今回も、ガンドルンやセヌワで、地元のヨーグルトやキノコを始め、色々と採集できました」

 こちらは、好奇心の光を両目に宿らせていく二人である。

 ゴパルがオムレツをスプーンで切って、一口食べた。垂れ目がキラリと輝く。

「これも美味しいですね。サビーナさんの言う通り、卵も良質だ。やはり、卵は生みたてが一番良いですね」

 サビーナがニッコリと微笑んだ。

「そうでしょ、そうでしょ。卵の良し悪しが分かるなら、ゴパル君には見込みがありそうね。このスペイン風オムレツも、作り方は簡単だから、覚えていきなさい」

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