カルパナ種苗店の倉庫
倉庫内や、二百リットルタンクは、丁寧に掃除が施されていた。
ゴパルが電熱ヒーターの電源を切り、タンクの密閉バックルを外した。何となく、フルーツ炭酸飲料のような甘い芳香が、タンクの隙間から漏れ出てくる。
密閉フタには小さな穴が開けられていて、電熱ヒーターを通すための電線が通っていた。もちろん、穴はガムテープで塞がれている。
ゴパルが片手持ちの簡易ペーハー測定器で、培養液の液面を軽くかき混ぜた。
「まだ発酵が盛んですね。炭酸ガスが発生しています」
確かに、細かい泡が立ち上っている。
「密閉していましたが、ガムテープの隙間から、ガスが逃げてくれたようですね。二百リットル程度の培養液でしたら、このガムテープで十分です。しかし、それ以上の量を培養する場合には、排気弁やパイプ等の工夫を、した方が良いと思います」
タンクの外回りも調べる。
「うん。ヒーターもタンクに接触していませんね。接触すると、熱でプラスチックが溶けて、穴があく恐れがあります。十分に気をつけてください」
そして、液面を見ながら、簡易ペーハー測定器のスイッチを入れた。
「測定器は、次回、私が持ってきます。それを渡しますので、使ってみてください。液面の色は、こんな感じが良いですね。暗い橙色が目安です。失敗すると、黄土色になったり、明るい橙色になったりします。ペーハー値も四以上になりますよ」
測定が終わった。その数値を液晶画面で見る。
「三・七ですね。これでも今日から十分使えますが、ガスの発生が少なくなるまで待った方が、使いやすいですね」
ゴパルが測定器の端子を水洗いして、そっとハンドタオルで拭いた。
「一般的には、十日後に完成と思えば良いかと思います。その際のペーハーは、三・五以下が基準です。三・六以上の場合は、腐りやすいですので、早めに使い切ってください」
液面を、カルパナ達が交代で眺める。炭酸臭も覚えた様子だ。レカは今回もスマホで撮影を続けていた。
ゴパルが、最後に再び二百リットルタンクの密閉フタを締めて、金属製のバックルをかけた。電熱ヒーターのスイッチを入れて、皆に微笑む。
「培養の講習は、これで終了です。お疲れさまでした」
タンクから伸びる電線を伸ばして、足で引っかけないようにする。
「この培養液の有効期間は、ペーハーが三・五以下であっても、明後日から一か月間です。それ以内に使い切ってください。タンクの残量が半分以下になったら、百リットルタンクに移し入れてくださいね。KLは空気を嫌いますので」
そして、二百リットルタンクの密閉フタの上に片手を乗せた。
「空になったタンクは、その日の内に、水洗いして水切りをしておいてください。洗剤や漂白剤は使わない事です。水洗いしないと、雑菌やカビが生えてしまい、タンクが次から使えなくなってしまいます。質の悪い培養液を、家畜に与えると、下痢を起こしたり、場合によっては死んでしまったりする原因になりますよ」
カビが生えたり、雑菌が繁殖して、異臭がするようになってしまったタンクは、漂白剤を使っても完全には除菌できない。KL培養液を仕込んでも、異臭が残ったり、ペーハーが三・五以下に下がらなくなったりしてしまうのだ。
「そういったタンクでは、十回ほど、KL培養液を連続して仕込んで、それを廃棄する事を繰り返す必要があります。異臭が無くなり、ペーハーが十日以内に三・五以下に下がるようになれば、その培養液を使う事ができるようになります」
ゴパルが難しい表情をしたせいか、参加者たちも一様に難しい表情になった。
「ですので、培養液の仕込みは、間を置かずに、連続して行う事が重要なのですよ。タンクが空になってから、一週間以内に、次の培養液を仕込むと良いと思います」
カルパナが、小首をかしげながら考えている。
「そうすると……KL培養液が、十日間で使えるようになると、いう訳ですね。それを、一か月以内に使い切り、タンクを水洗いして、一週間以内に次の培養を開始する……というスケジュールですね」
ゴパルが微笑んでうなずいた。
「そのように、してくださると、培養失敗する可能性を、かなり抑える事ができるはずです」
そして、撮影を無言で続けているレカに視線を向けた。
「光合成細菌の培養も、私の上官のクシュ教授から許可が下りました。次回、私がポカラへ来た際に、培養方法を実習してみましょう。この時期のポカラは曇りの日が多くて、そのままでは培養できません。蛍光灯を使った箱の中での培養になります」
レカが撮影を続けながら、左手をパタパタさせた。
代わりにカルパナが答える。
「レカちゃんの家に、先日、クシュ教授さんから、箱の設計図と、光合成細菌の培養に必要な材料や、機材の指定が届いたそうです。もう既に、レカちゃんが箱を作り始めていますよ」
レカがようやく口を開いた。
「ま~か~せろー」
スマホの液晶画面越しであれば、緊張しないようである。




