翌朝
日の出から、少しして起きたゴパルが、宿の二階の窓から外を眺めた。結局、昨晩は仕事もできずに、そのまま寝てしまったのであった。
「晴れそうだな」
雨雲は、かなり薄くなっていて、晴れ間がチラチラと雲間から見え始めていた。これならレインウェアは不要かなと感じて、リュックサックのポケットに突っ込む。
そのため、長袖シャツに長ズボンの軽装になった。手鏡をシャツの胸ポケットに入れ、薄手の手袋をする。測量ポールも分解してリュックサックに収める。
ただ、軽登山靴とズボンの裾には、ヒル対策を施した。雨が上がったとはいえ、泥道なのは変わりない。
隣の部屋でも、欧米人観光客が起きたようで、物音がし始めた。壁が薄いので、よく聞こえる。一階のロビー兼食堂でも、地元民の話し声がしている。グルン語なので、ゴパルには理解できないが。
とりあえず、顔を洗って、ヒゲを剃り、髪を適当に整えた。その後で歯磨きをする。ネパールでは、起床後に歯磨きをする人が多い。今日は、ポカラに戻るので、それなりに小奇麗にしたいのだろう。
食堂ではトーストに、真っ赤な着色料のイチゴジャムとバターを塗ったものを食べ、コーンポタージュスープをすする。スープは当然ながら、粉状の市販スープを湯で溶いただけのものだ。目玉焼きを三口で飲み込んで、チヤをすする。
「よし、それじゃあポカラへ戻るかな。アルジュンさん、お世話になったね。お会計をお願いします」
他の欧米人観光客も、数名が二階から降りてきた。彼らに愛想良く朝の挨拶をしたアルジュンが、ゴパルに笑顔を向けた。
「へい。領収書の宛名はどうしましょ?」
ゴパルが洗面所で手を洗いながら、答える。
「宿代はカード支払いですから、空白で構いませんよ。バクタプール大学農学部微生物学研究室……って書くのは、大変でしょう」
「だな」
アルジュンが、あっさりと空白にする。
ゴパルが、クレジットカードをアルジュンに渡した。
「それで、アルジュンさん。ナヤプルへ向かう道ですが、川沿いに下れば良いでしょうか?」
アルジュンが、カード読み込み器を、彼のスマホに接続して、精算を始めた。
「それで良いすよ。だけど、地元民が通る道なんで、立派じゃないすよ」
ゴパルが軽く肩をすくめた。セヌワからジヌー温泉へ向かう道も、立派ではなかったので、そんなものなのだろう。道に迷わない程度であれば、それで十分だ。
アルジュンがスマホ操作を始めながら、話を続ける。ゴパルのクレジットカードを、読み取り器械にサッと通した。ゴパルが彼のスマホ画面に、指でサインを描いて認証入力する。
「途中、温泉がある支流を渡るんすけど、ちょっとボロ橋なんで、足元にチャイ、気をつけるくらいすかナ。ナヤプルへ向かう車道に出るんで、後はミニバスや四駆便に乗っていけば、すぐ着くっすよ」
支払いが完了したという英語表示が出た。領収書を受け取ったゴパルが、リュックサックを担ぐ。
「では、行くか。次回からは、ガンドルンへ向かわずに、直接ジヌー温泉へ来ることにしますよ」
アルジュンがニッコリと笑った。太くて短い眉がピョコピョコ上下に動く。
「そっちの道の方が、アンナキャンプへ行くには近いっすからナ。ま、でも道は悪いんでチャイ、注意した方が良いすよ」




