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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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夕食

 その後、温泉から宿へ戻ったのだが、若干のぼせてしまった上に、酔っぱらった状態だったので、歩くうちに息が上がって、ヒーヒー言っているゴパルだ。

「アンナキャンプでも、こんなに息は上がらなかったのだけどな……うは、参った」

 そんなゴパルの弁解を、ニヤニヤしながら聞くアルジュンである。

「みんな、そう言うっすナ」

 アルジュンに、ボウルと傘を返し、洗濯物を頼む事にする。そのまま、部屋に戻って眠ってしまった。


 夕食の時間になり、民宿スタッフが知らせに部屋へやって来た。ドンドンと扉を叩く。

「ゴパル先生。夕ご飯ができましたよ!」

 女の子の声だ。叩き起こされたゴパルであったが、まだボー……としている。すかさず、二度目のドンドンが鳴らされた。

「ゴパル先生!」

「は……はいはい、ただ今開けます」


 大あくびをしながら、ゴパルが扉を開けると、そこには十代半ばくらいの女の子が、口をへの字に曲げ、腕組みをして、仁王立ちをしていた。


挿絵(By みてみん)


 厚手の前合わせの長袖シャツで、裾は膝上まで垂らしている。ズボンは非常にゆったりとした仕立てで、くるぶしの上でキュッと絞られている。

 サルワールカミーズの野良着版といったところだろうか。肩のストールは無いが、代わりに可愛いサンダルを履いている。

「呆れた。寝てたの? 夕ご飯の用意が整ったって、お父さんが。早く食堂へ来なさい。冷めてしまうわよ」

 ゴパルは宿泊客なのだが、容赦の無い言い方である。

 しかし、おかげでようやく目が覚めてきた様子のゴパルだ。素直に礼を述べる。

「起こしてくれて、ありがとう。すぐに食堂へ向かいますよ。ええと……アルジュンさんの娘さん」

「カルナです」


 そのカルナの吊り気味の細目が、ジト目に変わった。黒褐色の瞳から精彩が消えていく。

 身長は百五十五センチくらいで、細い眉がピクピク動いている。宿の手伝いをよくしているようで、この雨続きの天気でも、顔が小麦色に焼けている。髪は真っ直ぐな黒髪で、それを首の後ろでまとめて、背中まで垂らしていた。

「沐浴服のままだから、さっさと着替えてきなさい」


 ようやく、ゴパルが自身の服装に気がついた。そういえば、温泉から戻って、そのまま眠ってしまったのだった。白い巻きスカートのルンギと、ヨレヨレな長袖シャツのラフな姿である。

 決して、失礼な服装ではないのだが、ここは謝るゴパルであった。

「これは失礼。目の毒だったね。急いで着替えますよ」

 ゴパルは二十代後半なので、中年太りではないのだが、それでも太っている事には違いが無い。観賞に耐えるような体つきでは、残念ながら無い。


 眠い目をこすりながら、階段を降りて、ゴパルが食堂へやって来る。そこでは既に、数組の欧米人観光客が酒盛りをしていた。彼らは相変わらずウィスキーやビールと、ピザである。

 ゴパルは定食を頼んでいたので、白ご飯に黄色いダル、鶏肉の香辛料炒め、葉野菜の香辛料炒め、それに隼人ウリの香辛料炒め煮、トマトの香辛料漬けという品目だった。

 スチールのコップに入った水を一口飲んでから、手を洗い忘れていた事に気がついて、洗面所へ行く。

 改めて席について、食事を始めるゴパルだ。

「お。普通の米でも美味いね」

 アルジュンが、欧米人客に追加のビールと、鶏チリを持って行きながら、ニヤリと微笑んだ。

「レクから戻ってきた客ばかりだからね。インド米や、ブロイラーでもチャイ、美味いって言うんすよ」


 まあ、それは人によるのだろうが、何となく納得するゴパルだ。実際に、美味く感じてしまうので困る。

 アルジュンが重ねて聞いた。

「で、ゴパル先生。酒はどうします?」

 ゴパルが、少し考えてから、苦笑いをして遠慮した。

「いや、止めておきます。温泉で飲んでしまいましたからね。これ以上飲むと、あなたの娘さんに、嫌われてしまいそうだ」

 アルジュンが、少し肩をすくめて笑った。

「娘のカルナは真面目だからなあ。ま、気にしないでくだせえ。じゃ、ビールにしますかナ?」


 今度は、かなり真剣に悩むゴパルであった。しかし、これも否定した。

「まだ少し寝ぼけていますし。ハエも一緒に飲んでしまいそうだ」

 夕方になり、ハエの数もかなり少なくなっていた。それでもまだ、食堂のテーブル上で、チョコチョコと歩き回っている。

 ビール瓶には、王冠をフタ代わりにして乗せているし、中ジョッキグラスにも紙ナプキンを乗せている。そのため普通は、ハエがビールに飛び込む事は起きないのだが、用心するゴパルであった。

 この辺りのハエは、もれなく路上に落ちている家畜糞の上で遊んでいる。

 アルジュンも、これ以上酒を勧めるのを、あきらめたようだ。白い歯を見せて微笑んだ。

「飲みながら、また寝てしまいそうな雰囲気ですしね。じゃ、食事が冷えないうちに食べてくだせえ。おかわりもチャイ、受けつけているっすよ」

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