ジヌー温泉街
ジヌー温泉街は、モディ川のほとりにある、ちょっとした高台の上に建てられていた。モディ川は、この辺りまでくると激流になっているので、街は穏やかな支流沿いに広がっている。
五軒ほどの民宿街だ。どれも石造りの家で、二階建て。トタン屋根も多いが、鉄筋コンクリート造りの民宿もあり、屋根の無い屋上だ。ポカラの民家と同じ構造である。
新しくできた集落のようで、建物が全て新しい。ガンドルンのような、歴史を感じる建物の構えではない。
その代わり、石畳の道には、小さな公園やベンチ、それに雨除け屋根のある休憩場があり、街路樹まで植えられている。
この時期はサルスベリの白やピンク色の花盛りだった。アジサイとツツジは花の時期ではないので、青々とした葉が茂っているだけだ。
ジヌーの周囲には、東西から険しい斜面が迫っている。しかし、その斜面は、木が生えていない荒れ地だ。家畜が刻んだ、ひし形の獣道が刻まれている。
一方、温泉へ向かう道がある、支流の沢には、森が残っている。道が森の中へ続いているので、ヒル対策は必要だなと思うゴパルであった。
民宿の看板を見上げながら、ゴパルが予約した宿を探してみた。標高が書かれているので、見てみると、千七百メートルと書かれている。
「うわ……二千四百メートルも降りてきたのか。確かに、急な下り坂ばかりだったからなあ……」
慎重に泥道を歩いてきたせいなのか、膝や腰等には今の所、痛みは生じていない。
ジヌー温泉街では、すっかり雨が上がっていた。空を覆う雨雲も多少は薄くなってきたようだ。空が明るい。
スマホを、レインウェアのポケットから取り出して確認すると、時刻は夕方になっていた。地形図も確認するが、肩をすくめる。
「ナヤプルまでは、さすがに行けないか。夜になってしまうな。今晩は、予約した通りに、ここで泊まろう」
ジヌー温泉街は、この泥道のせいなのか、意外にも外国人観光客の姿が見えなかった。地元民が多い印象だ。
集落が小さいので、すぐに予約した民宿を探し出せた。
「ジヌー温泉ホテル……これだな」
この民宿も新築の鉄筋コンクリート二階建てで、屋根が無かった。一階部分は食堂とバーになっていて、二階が宿になっている。
グルン族が経営する宿らしく、屋上にはアンナキャンプ周辺で見たような、チベット仏教の色鮮やかな四角い仏旗が連なっていた。
白、赤、緑、青そして黄色の旗には、チベット語で経文が印刷されている。これらが風にはためくと、経文を唱えた事になるそうだ。
モディ川と、その支流から吹き上がる風に。仏旗がパタパタと音を立てて、はためいている。
食堂には、地元民のグルン族の中年男達が数名ほど、国産ウィスキーや焼酎を飲んでテレビを見ていた。
こんな深い谷間でも、アナログ放送が見られるのか、と内心で驚くゴパルであった。
欧米人観光客も二人居て、バラの名前や、光の名前が冠されたウィスキーを飲んでピザを食べている。程度の差はあるが、安酒という点では共通している。
「こんにちは。予約したゴパルです。部屋は空いていますか?」




