高度と味覚
ゴパルが、そういえばと、以前の体験を思い出す。採集の調査旅行をしに、高山へ登った際に、森にベリーが実っているのを見つけて、美味い美味いと食べた事があった。
首都へ土産に持って帰ろうと、いくばくかを採集してリュックサックに入れたのだが……。
(首都で食べたら、苦かったな。腐ったせいかと思っていたけれど、そうか。標高で味覚が変わるという人は、結構多いのかな)
となると、この鶏肉の香辛料スープの味付けも、ポカラで同じようにすると、塩辛くなるのだろう。ちなみに、この料理は圧力鍋を使って煮込んでいる。
「レクに上ると、お腹がすきますね。高さに慣れるまでは、お腹がグーグー鳴りっぱなしですよ」
ゴパルが少したるんだ腹を手で押さえた。アルビンが口元を緩める。
「特に、汁麺やディーロみたいな、水気の多い飯が食いたくなるよナ。ま、体が高地順応するまでの我慢だ」
葉野菜の香辛料炒めを口に運びながら、ゴパルがアルビンに聞いた。
「アルビンさん。葉野菜はガンドルンから運び上げているのですよね。この民宿ナングロでは、こういった生鮮食品を、何日分ほど保管しているんですか?」
ビタミンや繊維不足を、気にかけたのだろう。ここに長期滞在する事になった場合、栄養管理は重要になる。
アルビンが、少しドヤ顔になって答えた。
「ま、三日分てところだナ。欧米の客は、サラダが好きだからよ」
総合ビタミン剤は、念のために、持って来た方が良さそうだなと思うゴパルである。
ディーロとオカズを食べ終えて、スープを飲み干し、大豆を口に放り込んだ。
そのまま洗面所へ向かって、口の中で大豆をボリボリしながら、手を洗う。その間に、アルビンが皿を調理場へ下げた。
席へ戻ってきたゴパルが、ぬる燗のシコクビエの焼酎を、一口飲む。
本当ならば、食事後は水なのだが、キャンセルしたようだ。卵焼きの皿を手元に寄せて、ナイフの代わりにスプーンを使って切り分ける。それをスプーンで食べ始めた。やはり酒のツマミだったようだ。
「ん。今日も酒が美味いですね。良い蒸留です。標高が高いと、色々と面倒でしょうね」
アルビンが、他の欧米人観光客にピザとビールを持って行く。その帰りにゴパルに向けて肩をすくめた。
「そうだな。ま、でも、もう慣れたよ」
ゴパルが垂れ目を細めた。
「私達にも、そのノウハウを教えてください。標高千三百と四千百とでは、別世界ですからね」
照れているアルビンに、欧米人観光客が料理とウィスキーの追加注文をした。それに応える彼の背中を、微笑ましく見送るゴパル。高山のせいなのか、酔いも少し早く回っているようだ。
「さて、明日は、吹雪が止んで欲しいものだけれど……」




