食パンと
ゴパルも強力隊を見送ってから、自身のリュックサックの中に入れていた食パンを一枚取り出した。それを、ニッキに渡す。きょとんとした顔をしているニッキだ。
「どうしたんすか? これ」
ゴパルが微笑んだ。
「これを使って、菌やカビを採集できます。どこか邪魔にならない場所に、置いてくれませんか。雨や虫にネズミが悪さをしないように、配慮してくださると助かります。できれば、森や竹やぶに近い場所が良いですね」
ニッキが、まだよく理解できないままだったが、快く了解してくれた。
「そりゃ構いませんが……こんなので、採集できるんすね。あ、古くなったパンにはチャイ、カビが生えるっすね。ソレっすか?」
うなずくゴパルである。
他にも、思いついた様子で、いくつか追加し始めた。空のガラスコップを二つ用意する。片方には、少しだけ牛乳を入れた。もう片方には、水を浸した干しブドウを何粒か入れた。
最後に紙片を、この二つのガラスコップの上に被せた。それらもニッキに見せる。
「ついでに、この二つのガラスコップも一緒に置いてください。乳酸菌と酵母菌を集めたいので」
ニッキとサンディプが、顔を見合わせた。
「了解っす。ハエ除けの食卓カバーがあるんで、それを使えば簡単す」
そう言って、ニッキが調理場にある現物を見せた。机の上に乗っている野菜の香辛料炒め煮や、クッキーの上に、その食卓カバーが乗っている。プラスチック製の細かいネットで、半球状のものだ。
サンディプは、口をへの字に曲げている。
「そんな事して、腐らないのか?」
ゴパルが垂れ目を細めた。
「腐る前に採集するので、あまり問題はありませんよ」
そうして、スマホで今後の日程を考える。
しかし、チベット僧の天気予報を考慮して、考えるのを止めた。山が荒天になると、何日間続くのか分からないものだ。アンナキャンプに、数日間ほど缶詰になる恐れもある。
「アンナキャンプでの仕事が終わって、ポカラへ戻る道中に、再びこの民宿に立ち寄るつもりです。その時に、これらを回収しますね。前日に連絡を入れます。ですが、私が来るまでに、虫やネズミ等が食べてしまったら、不要ですので、そのままゴミに出してください」
手帳に簡単に実験の内容を記し、それを切り取って、ニッキに手渡した。この実験を開始した日付と時刻が記されている。
「それじゃあ、竹やぶの近くにある倉庫にでも置いておくっす」
ニッキが民宿スタッフに命じて、ゴパルから預かった物を倉庫へ持っていかせた。それを見送って、礼を述べるゴパルだ。
「ありがとう。では、少し急いだ方が良いかな。デオラリまで行ってみます」
ニッキが彼のスマホを掲げた。
「後で、デオラリの民宿にチャイ、予約を入れておくっす。この時期は客が少ないから、大丈夫」




