もう少し先
二人から、揃って心配されたので、ゴパルも不安になってきた。チヤをすすって聞く。
「どこまで行った方が安心ですか?」
サンディプが盛り上がった肩をすくめた。
「そうだな……マチャキャンプまでだな」
ニッキは別意見だった。サンディプの答えに、口をへの字に曲げる。
「マチャキャンプへは、ゴパルの旦那の足では辿り着けないナ。とりあえずは、今日じゅうに、デオラリまで進めば良いだろナ。そうすれば、次の昼までにはチャイ、アンナキャンプに着ける。途中のヒマラヤキャンプは、宿の数が少ないしな。デオラリなら、宿も多いし、大丈夫だ」
ゴパルが素直にうなずいた。スマホで地図を確認する。
「なるほど、デオラリですか。標高は……三千二百メートルか。確かに、翌日は九百メートル登るだけで済みますね」
九百メートルを半日で登るという行程も、相当なものだが。しかし、セヌワからでは千八百メートルの登りになるので、それに比べると負担は軽くなる。
改めて指摘するまでも無いのだが、こんな行程は、外国人旅行者には推奨できない。特に、エベレスト街道やランタン街道で、こんな事をすると、高山病で緊急搬送されてしまう危険性が高い。ドクターヘリに乗せられて、首都まで空輸されて、膨大な医療費を請求される事になる。
ゴパルは、これまでに何度も野外調査に出ているので、高地順応しているだけだ。ニッキとサンディプは現地民だ。それにしても、チベット僧の影響力は、ヒマラヤ地域では相当なものである。
今日中にデオラリへ向かう利点を理解したゴパルが、おずおずとニッキに謝った。
「すいません、ニッキさん。本当でしたら、今晩はこの民宿で泊まる予定だったのですが……」
ニッキが屈託のない笑みを浮かべた。隣のサンディプも白い歯を見せている。
「一部屋を年間予約してくれただけでチャイ、十分すよ。強力隊にも仕事が内定したし。デオラリの民宿には、後で予約変更を、俺が伝えておくっす。それじゃあ、何か作りましょうかナ? 袋麺ならチャイ、すぐにできるっすよ」
ゴパルが残念そうな表情になった。彼の垂れ目は、ロビーで食事をしている欧米人観光客に向けられていた。
他の宿のスタッフが出したようで、黄色いオハギ状のモノをスプーンで食べている。水牛の澄ましバターであるギーの良い香りが、ゴパルの鼻をくすぐった。
「ディーロを、実は楽しみにしていたのですが……次回の機会にしましょうかね」




