お仕事
ゴパルが目を点にしてから、頭をかいた。そう言えば、旅の目的を話していなかった。
「これは失礼したね。私は、首都バクタプール大学の助手ですよ。アンナキャンプに低温蔵を設ける予定なので、その調査に来ています」
簡単に説明をするゴパルだ。停電や燃料不足による苦労については、ニッキも深く同意している。
「幸い、アンナキャンプの手前のマチャキャンプにチャイ、ミニ水力発電所があるんですよ。おかげで、停電は起きないっすナ。ま、発電量が少ないんで、宿や民家への電力割り当てもチャイ、少ないんすけどね。それでも、テレビや冷蔵庫の一台くらいなら、安心して使えるっすよ」
ゴパルが目を閉じて軽く腕組みをした。
「ううむ……首都よりも電力事情が良いのかあ。ありがとう、良い情報を得られました。冷蔵庫一台だけでも年間を通じて使えるなら、便利ですね。首都では、十二時間以上の停電が起きる場合があるので」
ニッキがゴパルに同情する。太く短い眉を大きくひそめて、口をへの字に曲げた。
「十二時間っすか。冷蔵庫の中身がチャイ、全部腐ってしまうっすね」
ゴパルも似た様な表情になる。
「本当にね。生きている細菌や、カビなんかを扱うので、温度には気を遣います。この低温蔵は、基本的には、首都の研究室の冷蔵庫が使えなくなった場合に備えての、バックアップです。ワイン等の酒造会社や、チーズ会社、医薬品や健康食品会社の菌やカビも、研究しています。停電で全滅すると、非常に困ってしまうのですよ」
ニッキが、一重まぶたを持ち上げて、黒い瞳をキラリと光らせた。
「ワインやチーズっすか! 客が欲しがるんすよねっ。低温蔵から買えるんすかナ?」
ゴパルがチヤをすすりながら、ちょっと目を逸らした。
「商業生産ではないので、売る事はできません。商業化前の試供品や、味の評価の調査目的で、少量だけ、無料で提供できる程度です」
それでも、気にしないニッキである。
「構わないっすよ、ゴパル先生っ。民宿の話題集めになれば、それで十分っす」
ゴパルが申しわけなさそうに微笑んだ。
「それでは、低温蔵で提供できる食品が出たら、ニッキさんの民宿にも一報を入れますよ。アンナキャンプの民宿に、全部提供する考えだったのですが……」
数秒間ほど考える。
「……そうですね、標高四千と二千とでは、味覚も異なりますよね。本当に少量ですが、それでニッキさんの民宿に、客が集まるきっかけになれば、喜んで提供しますよ」
そこへ、民宿の入口からロビーへ、年季の入った登山服を着たグルン族の男が入ってきた。
身長がゴパルと同じ百七十センチほどで、三十代後半だろうか。ただ、ゴパルと違って精悍だ。中年太りの体型では無い。首も太くて、肩も盛り上がっている。その男が、ニッキに軽く挨拶した。
「よお、ニッキ。ここに首都からのゴパル先生ってのが、来てるって、ディワシュから知らせが入ったんだが」
ニッキが目配せして知らせる。
「おお、それなら、俺の隣に座ってる彼がそうだぞ」
そうして、ゴパルに野良着の男を紹介した。
「ゴパル先生。こいつは、サンディプ・グルン。ランドルンの出身で、強力隊とロバ隊の隊長をやってるっす」
強力というのは、山道を荷物を担いで行き来する運送業者の事だ。
サンディプと紹介された、登山服の男が、無骨な顔を素朴に緩めた。ゴパルに合掌して挨拶する。
「初めまして、だな。運転手をやってるディワシュから、おおよその話は聞いたぜ。アンナキャンプにチャイ、小屋を作りたいんだってな」
ゴパルがうなずいた。
「その通りです。レンガやドア枠、窓枠、屋根の材料、セメント等を、ポカラから運び上げないといけません。強力隊に頼む事になるので、現地の業者を探しているのですよ」




