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五百円玉と運命の公園

作者: 藤田きいな

      豚骨ラーメンと運命の公園

                      藤田きいな


 露出した額からダラダラと汗を流しながら、頑固に握りしめた手の平で、ヒヤリとした感覚がする。

 先程まで公園のベンチの下に座っていたコイツは、銅によって形成されていて、他のヤツより大きな体を持っていた。

 そう、平々凡々な人生を歩んできた飯塚渉は普通の貧乏学生らしく、ひもじい思いに支配され、だがしかし財布には五円玉三枚という厳しすぎる現実に

「オイオイ、昨日彼女にフられたのに五円て・・・」

と、肩を落としていたところ、キラキラと輝く五百円玉を奇跡的に見つけたのである。

 一瞬だけ何を胃にぶち込むか迷って、のらねこ屋の豚骨ラーメンだろうと答えがでたときには既に、錆びた滑り台が佇む公園からあの茜色の暖簾が掲げてある店へと足を進めていた。

 もうすぐ、もうすぐだ。がやがやと煩わしい大通りをぬけて、活気のない道に靴を這わせていく。

けたたましく鳴り響く蝉たちの声は、腹に何も入っていないのを痛感させたし、半分溶けている脳みそのもう半分を溶かしていった。

薄暗い路地には、到底似合わない元気な茜色の暖簾を汗ジミをつけないように丁寧に捲る。

立て付けの悪い引き戸を力任せにこじ開けた。

店内には大柄で強靭な肉体を持った店主のルーカスが、ぐつぐつとスープを煮込んでいた。

「よう、ルーカス。メシ食いにきたぜ」

「おお、メシくん!なに食べる?」

モクモクと暑そうな湯気を避けるように顔を出しながら、ルーカスが問う。

「豚骨ラーメン!!!」

空腹のあまり、凄い勢いで注文を叫ぶと、ルーカスはとても発色の良いブロンドの髪を纏った頭に新しいタオルを巻き

「オーケー!待ってて」

と、宝石のように美しい瞳を片方だけ閉じた。

 ルーカスは純イギリス人だ。三ツ星レストランで、コック服を着こなしラタトゥイユを作っていそうな外見だと思う。俗にいう、イケメンというやつである。

 彼とは一年ほど前、この近くにあるゴミ捨て場で初めて会った。情けないことに、酔いつぶれて息絶えそうになったところを助けられたのだ。

いまでも、容姿とやけに流暢な日本語に頭痛のようなギャップを感じた事を覚えている。

 後ほど、フランス料理作っていそうなのにラーメン屋を経営しているという事実に、言葉にはできないほどの衝撃を覚えたのもいい思い出だ。

あの時から、メシくん呼びは定着していた気がする。

 思い出に浸っていると、ギギギ・・・と軋む音がした。続けて、ピョッポウ、ピョッポウ、と歪な音を奏でながらハトが出てくる。ジブリに影響されたのか、のらねこ屋の時計は哀愁漂うハト時計だ。

どうやら、先程のハトは午後三時をお知らせしてくれたらしい。もう、昼時も過ぎたなーとぼんやり考えていると次は自分の腹から歪な音がした。

 すると、厨房からルーカスがどんぶりを持ってくる。

コトン、と目の前に置いてくれたどんぶりからは温かい湯気が立ち上っていてゴクリと生唾が、自然に喉に引っかかる。

「いただきますっっ!」

「召し上がれ!」

もう、目にはラーメンしか映っていない。いや、脳がラーメン以外を見ることを拒否している。

大きなチャーシューと焼きのり、輪切りしたネギがテカテカとしたスープに添えられていた。濃い肌色をしたスープは、純度百パーセント豚骨なのだという。

そしてこの麺だ。小麦色をしていて、どんぶりのなかで一番輝いている。

 パキッと割りばしを割って、優しくスープと絡めてから口の中にほうりこんだ。

舌と麺と少量のスープが出会った時、身体中がなんともいえない幸福感に苛まれる。まるで拷問だ。美味しさの責め苦である。この最高な拷問に名前をつけるとしたら、なにがいいだろうか。

 考えを巡らせている間も箸が止まる気配はない。

口に入れた瞬間に、濃厚な豚骨味が口内いっぱいに広がり、麺をかめば満腹感と幸福感が蓄積されていく、それのループだ。

 ふと顔をあげると、厨房の中にある鏡にだらしなく頬を緩ませた赤い自分の顔がみえた。

 盲目だ。まだ残っていると思っていた麺は、既にすべて胃の中に納まっていた。

 まだ、麺を食べたい。腹の容量はもう、八分目まで費やしていたが欲望には逆らえないのが人間だ。

 叫びたい。たくさん空気を吸い込んで、全力で「替え玉おねがいっ」と。だが、出来ないのだ。欲望がもっとと叫ぶ中、理性は初めから無理だと知っていた。

なぜなら、五百円しか持っていないからである。

 少しの悔いに心を染めながら、最後の締である豚骨スープを豪快に飲むために、どんぶりを両手でもちあげた。

 旨い、やはりその一言に尽きる。こんなに幸せになれるラーメンはほかにどこを探してもないだろう。

 なぜこんなにも美味しいのか、ルーカスに聞いたことがある。

なんて答えたっけ、もうラーメン以外の事を考えたくない。

残り少ないスープを飲むスピードがやや落ちるのは、失う寂しさから無意識に自重しているからだと、のらねこ屋のラーメンを食べるたびに思う。

口だけでは受け止められなかった豚骨スープが首を這って、勿体無いなあと、つい目で追いかけてしまった。

 再びコトン、とどんぶりをカウンター台に置いたとき、ただいなる消失感に襲われたが、仕方ない。金が伴わないと、欲望を満たせないのが一般論なのだから。

「ふぅ・・・。ごちそうさまでした!」

 ルーカスに目をやると、満面の笑みで立っていて

「おそまつさまでした」 

と、返された。相も変わらず、流暢な日本語だ。

 なんだか、気持ちがあったかくなっていた。食べる前までは、悲壮な気持ちだったのに、これものらねこ屋のラーメンの不思議なところだろう。

いいことづくめだから、この疑問を追いかける気にはならないけれど。

 ポケットに忍ばせた五百円をルーカスに手渡した。腰をあげて、引き戸の方に進むとひとつ追いかけなければならない疑問を思い出して、空気を仕込んで叫ぶ。

「なんでこんなに旨いんだ?!」

ルーカスは驚いたよう笑みを零しながら、言葉を紡いだ。

返答に妙に納得して、すがすがしい気持ちと共に外に飛び出した。

 閉める時は少しだけ、引き戸の立て付けがいつもより良かった気がした。



初投稿です( ´艸`)

一次創作は初めてだったのですが、とても楽しく書けました。少し短すぎるかと思ったのですが、飯塚くんの私生活などを想起させるような文がかけていたら嬉しいです。

これからも何卒、よろしくお願いします_(._.)_

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