晴耕雨読
相沢アイン
今の俺の名前だ
前は勇者アインとか呼ばれていた
その頃は魔物を倒し、世界を救うために毎日戦っていた
魔物やそれを利用しようとした人間さえも倒し、血にまみれた人生だった
だから俺は、次の人生があるのならば勇者とは無縁の生活を願った
「アインさん!ちょっと止めてくださいよー!あ、アンナちゃんこれは食べ物じゃないんですよー?」
思い出にふける俺の後ろではアンナがフィールの髪留めを口に入れようとしているところだった
「おいおいアンナ、そんな汚い物を口に入れたらダメだよ?魂が穢れちゃうから」
「おおい勇者あ、それは私に対するイヤミか?挑発ですか?受けてたってやりますよー!」
細腕をぶんぶんと振り回すフィールと、その横にちょこんと立ってフィールの真似をするアンナが
ああああ!可愛いなぁもう!
思わず抱き上げてちゅっちゅしちゃうぜ
「はー、ほんと親バカっすねえ・・・」
その言葉ではアインは怒らない
最近では褒め言葉として受け取っている節がある
「んじゃ、フィール仕事行くか」
「はいはい、行きます行きます。今日は斎藤さんちの草刈りでしたね」
アインとフィールの始めた仕事は便利屋さんだった
田舎街のさらに外れに住むアインとフィールはとある出来事から便利屋を始めた
今では近所まわりにある30件ほどの家の手伝いをしている
まぁ近所と言っても家と家の間が数キロ離れているのだが
この辺りは正に少子高齢化が進んでいるモデル地区かなにかかと思われるほど若い人がいない
結果、残されているのはお年寄りのみだ
さらには農業を中心とした生活を送っていた集落だったので土地は広い
そこのメンテナンスが老人だけでは立ち行かなくなっていたのだ
それをアインとフィールは格安で受け持っている
それでも月に5~10万円ほどの収入になるし
アインにとってなにより大きいのはアンナを連れて行けることだ
「こんちゃサイトーのばあちゃん」
「アイン君今日は頼んだよ、裏庭と山道でいいからね」
「はいよ」
「アンナちゃんも頼んだね」
そういってサイトーのばあちゃんはアンナの頭をなでる
「あぁいー」
アンナも嬉しいのかニコニコしている
「んじゃフィール行こう」
山に向かうと、アンナをフィールに預ける
そして草の覆い茂った道べりを前に立つと
「アイテムボックス!」
ボックスから適当な剣を取り出す
「疾風斬!!」
バサリと、切られた草が時間差で落ちる
最初の頃は加減が難しく木を一緒に切ってしまったり、草を根元から刈れなかったりしたものだが最近は慣れたもので、綺麗にその区画だけを刈ることが出来るようになった
「伝説の魔剣もまさか草刈りに使われてると思わなかったでしょうねー」
フィールはそう言うと持ってきた水筒からお茶を出して飲む
アンナをあやしながらアインの作業をみている
最近のアンナは何にでも興味があるらしく、アインの真似をして木の枝を掴み、降っている
「えあー」
木の枝に触れた草が揺れる
「はー、切れなくてもいいんですねー」
アンナはアインと同じように切れなくてもキャッキャと喜んでいる
「お?アンナ手伝ってくれてんのか!」
アインはそんなアンナをみて喜ぶ
なんだか、本当に家族みたいだなとフィールは思う
アインは疾風斬で纏めて刈り、残った部分はサクサクと斬る
作業を始めて15分ほどで全て切ってしまった
「ふう、フィール頼む」
アインはフィールのそばに行くと、フィールは手に持っていた水筒のカップにそのままお茶を継ぎ足してからアインに渡す
アインはそれを受け取るとゴクリと一気に飲み干すと足りなかったのか水筒からお茶を注いでもう一度飲む
「静かなる精霊よ・・呼びかけに応えよ」
周りの空気がざわりと揺らぐ
「まさか魔法を、刈った草を片付けるのに使うとはなー」
アインが草刈をして、フィールがそれを魔法でまとめる
まぁ役割分担だな
「あーいあー」
アンナはフィールが使う魔法の方をみながら手をふる
なんだろう?何か見えているのかな・・・
「はぁー。終わりましたーあれ?アンナちゃんは精霊が見えるんですねー」
そう言ってアンナを抱き上げるフィール
「へえ、そうなのか。俺は元から見えないから気づかなかったけど」
「そうですねー。今風と土の精霊が集ま手ったんですけどアンナちゃんの周りにまだ残ってるのでお話してたのかもですね」
まぁ・・人間の子供ではないから見えても不思議ではない
そういえば最近、部屋の中でなにかを追いかけているような素振りの事があったけどもしかしたらあれもそうだったのかもしれないな
そうして、一通りの作業は終わる
周りに誰も居ないから剣術とか魔法を使っても誰にも気づかれない
その点では田舎で良かったと思う
斎藤のばあちゃんに挨拶をして、謝礼を貰う
三人で手を繋いでゆっくりとアパートへと帰って行った
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「今日の草刈はできませんねー」
外は土砂降りの雨である
アパートの廊下ではところどころ雨漏りがしている
「だな。ていうかここ、この間雨漏り直したはずなんだけどなぁ・・・」
廊下の天井を眺めながらどこから染み出しているのかを探る
「しょうがないですね、また魔法で結界はっときましょうか・・・」
「いいや、毎回毎回それじゃ大変だろ?結界魔法って結界貼ってある間は魔力使うんだろ?」
「そうですけど、濡れるよりは」
「まあいいさ、こないだ田中さんにブルーシートのでっかいのもらっただろ?あれでなんとか今日は凌ごう。また晴れたら今度はきっちり直すさ」
そう言ってアインはカッパを着て外に出ていく
今はアンナはお昼寝をしている
すうすうと、雨音を子守歌代わりに毛布をかけられて寝ている
しばらくして、屋根からトントントンと金槌を打つ音が雨音と共に響いた
フィールは懐かしむ
そういえば昔、似たようなことがあったなと
「はぁ・・・雨止まないかなぁ・・・」
フィールはその時、いずれ旅立つ勇者をサポートするため、アインの住む村へ忍び込んでいた
魔法で姿を隠し、木の上からまだ13歳になったばかりのアインの住む孤児院を除きこんでいた
その日は雨が強い日で、夜中までその勢いを落とすことなく雨は降り続いていた
孤児委の大きな窓から、明かりが照らした室内が良く見える
見ればまだ成長しきっていないアインとその兄弟たちがあたふたと動いている
「雨漏りでもしてるのかな?」
フィールの想像通り、雨漏りだったらしい
アインが外に出てきて梯子をかけて屋根に上ろうとしている
あぶないなぁとフィールは思う
この時のアインはまだまだ普通の子で、この施設で年長というだけだった
よろよろと屋根に立つと、薄い板を持ち雨漏りであろう箇所へその板を打ち付けていく
そして作業は終わり、アインは両手で体を包むと震えていた
寒いのだ
フィールはなんとなく、そんなアインの為に風呂の浴場の水を魔法で湯に変えておいた
施設に戻ったアインは誰かが淹れてくれた湯に入ると
そのまま寝てしまった
他の兄弟たちが、そんなアインを起こして部屋まで連れて行く
アインの行った板を打ち付ける行為はとても修理と呼べるものではなかった
それが雨漏りを止めたのは、フィールによる魔法であるがソレをアインが知ることはない
「アイン君頑張ったね、お休み」
フィールはそう言うと、少しだけ雨音が小さくなる魔法を施設にかけた
「おし、雨漏り止まったな」
ビニールシートを屋根に敷き、固定したアインが帰ってきた
あの頃と違い青年に育っている
そして手際も良く作業を終えて帰って来たのだが、さすがに服も頭も雨で濡れている
「アインさんお風呂出来てますよ、入っちゃってください。あと洗濯物はかごに入れておいてくれたらあとで洗いますから」
「おお、さんきゅフィール」
そう言ってアインは浴室に向かう
あの頃からアインは、家族を守っていたんだとフィールは思った
すうすうと、寝息を立てて寝ているアンナに
「おとーさん、かっこいいよね」
そうフィールは囁いた
読の部分がなかった・・・・