諸行無常
ポツリ…ポツリと雨が降り始める
両手の中の赤ん坊はスヤスヤと寝ている
ハッとして、濡らしてはいけないと揺らさないように、でも急ぎながらアパートに向かう
アパートに着くと先程まで小雨だったのが土砂降りに変わる
危なかったと一息ついて部屋に入ると、とりあえず赤ん坊を寝かせる場所を作る為
服をかき集めてベッドで代わりにして寝かせる
スヤスヤと眠る赤ん坊の寝顔に、先程の魔王の笑顔が重なる
「育てて…やらないとな…」
義務のようなものを感じる
(そうですね…)
「しかし、どうするかなー。子育ての経験なんてないぞ」
(大丈夫ですよ、育児と家事のスキルを付与しました)
「おお、そりゃ助かる…ってオイ」
(なんでしょう?)
「見てたのか?」
(はい。しっかりと。ステータスを開こうとして呼びかけられてからですが)
そうかー
見てたのかー
「こんのポンコツ女神!!なんで魔王が日本にきてるんだよ!あとなんで赤ん坊!?説明しろやゴルァ」
(さあ?なんででしょ?)
ヤバイ、キレそうだ
そんなタイミングでガチャリとドアが開く
そこにはびしょ濡れでボタボタと水滴を滴らせながら立つフィールが居た
「あ、アイン様ぁ…」
ボロボロと涙を流すフィール
「今度は何だよ…どうしたフィール」
「ヒットコインが盗まれてましたぁ…」
「はい?」
「500万あったんですぅ…それが、何故か5000円しか…」
ピシャリとフィールの後ろで雷が落ちる
「なあ、女神」
(何とかします)
「頼むわ」
ゴロゴロと、この季節外れの雨と雷は色々ととんでもないものを運んできたのだった
数ヶ月が経った
スキル育児
これは凄まじく便利なスキルだった
育児に必要なものを産み出すことが出来る
つまり、ミルクやおむつの問題はこれで何とかなった
さらに家事にも及ぶらしく掃除洗濯料理をそつなくこなすことができる、食材や道具を生み出すことはできなかったが生活するには欠かせないスキルだ
故に、このスキルがあれば楽勝かと思われたが…
「育児ってヤバイな」
「ヤバイですよぉ」
俺とフィールはボロボロだった
まずは食事
ミルクだが、あげてもあげてもお腹が空くらしく30分おきに泣いた
スキルがあるからと言って知識が完璧なものではない
少しづつだがスキル自体を育成する必要があり、育成にいるものは経験値だ
その経験値はもちろん育児から得るものだから2日程ひたすら30分おきにミルクをやり、寝不足から倒れそうになるまで耐えた
解決策は簡単で、ミルクの量を増やしただけだ
だがこれで3時間は寝れるようになったし、フィールと交代で面倒を見ることで6時間寝れる様になった
スキルで出来るからと言って寝れないのはまた別の問題だ
スキル不眠と言うものでもあれば解決するのだろうか?
しかし
(ありますが、3日寝ないかわりにスキル解除後に同じだけ寝ますよ?)
と、元も子もない解説ありがとう女神
耐えれたところで反動が来るのなら無意味だ
寝ている間もあの子はお腹を空かせるし、オムツも変えないといけないのだから
ちなみにオムツだが、布である
スキルで産み出されたものだ
ちゃんと選択して使っている
汚れたままスキルを解除すると、そこにはスキルで産み出された以外のものが残ってしまうし、再び生み出すと汚れはそのままだった
生み出すと言うよりコレは布召喚である
故に洗濯は必須だった
お風呂は最初のうちこそ気をつけて抱いて入っていたが、最近は慣れたものだ
俺が抱いて入浴し、フィールが洗う
コレが一番簡単だった
さて、この育児に置ける問題はあらかた何とかなっている
しかし、なんともならない問題もあった
俺とフィールの生活費である
家賃こそいらないが、水道電気ガスは毎月お金が必要だ
また食費もだ
俺に毎月生活費が振り込まれるという話があったが、実はアレはフィールが働き得たお金を俺の口座に振り込むと言うとんでもない計画だった事が発覚する
フィールが可哀想になってきたのはこの話を聞いたからだ
女神にクレームを入れた結果、何とかすると言っていたが多分見えない犠牲者がいるに違いない
僅かだが、毎月俺の口座に振り込まれたそのお金が見えない犠牲者に感謝をさせた
なんだかんだ、赤ん坊はハイハイからよちよち歩きするまでに無事大きくなった
「あっという間だったが、濃密な時間だった」
歩く子を見ながらそう言うと
「アンナちゃん、ほんと可愛いですよねー…ア・ナ・タ♡」
「誰がアナタだ!いつからおまえ俺の嫁になったんだよ」
そうそう、名前はアンナになった
女の子だ
赤ん坊が包まれていた布に書いてあった
名付け親は魔王かもしれない
「まあ、お前も良く頑張ったよフィール…」
「ですよねぇー冒険をサポートしていた時以上にしんどかったですよ」
「毎日魔王と戦っている気分だったよ…」
「世の中のお母さん、凄いですよ…何人もお子さんがいる家族とかマジヤバイっす」
本当にそうだと思う
俺はフィールと2人でなんとか出来てきたが、1人で子育てとかとんでもない難易度だ
やはり夫婦で協力しながらするものだろうコレは
「最近やっと寝れる様になってきたからな、そろそろ働きに出ようと思う」
「あー、そうですよね。私たち食べるだけでギリギリですし、アンナちゃんに色々買ってあげたいですしね。でもアインさん大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「アンナちゃん置いて働きにでるなんて」
「は?何言ってんのフィール?なんでアンナ置いていかなきゃならないの?」
ああやっぱりとフィールは目を覆う
「あーいー」
アインの背中にはおんぶ紐で固定されたアンナがいる
そう、勇者アインはもうすっかり
パパになっていた
しかも親バカである
フィールは思う
今ならば世界を救う理由だって、苦しんでいる人々の為などではなく
きっと、アンナちゃん1人を守る為だけに戦うのだろうと
そんな確信を持っている