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鐘が鳴る度、狗が啼く  作者: 天嶺 優香
一、魔姫は砦に
7/13

神と名乗る男 二

「私は君みたいな可愛らしい娘が欲しかったんだよ。君が娘になるなら三食昼寝付きを約束しよう。ここで生きていく教養も教えてあげる。──これは提案だよ、ナシェル」

 ナシェルは暫く料理とにらみ合いながら考えた。

 確かにここでなら身の安全は保証されそうだ。しかし、完全に信用していいものだろうか。

 頭の中で葛藤していると、そっと手を握られた。思わずナシェルは顔を上げる。

「大丈夫。傷つけたりしないから」

 それはまるで野良猫を相手にしているかの様な態度だったけど、少女一人の心を動かすには十分だった。


「……私なんかが娘になっていいのか?」

「私は君が良いんだ」

 にこやかにそう即答されれば言葉に詰まってしまう。こういう事は慣れてないせいか、無性に恥ずかしくて、照れ臭くて、ナシェルはそれを隠す様に眉をよせた。

「じゃあ、これからよろしくね」

 無言を肯定と取ったらしく、自称・神から親へと位を上げた男はそう言って笑った。

「私はクロノス。まだ信じられないかもしれないけど、時を司る神だよ。今度は君の名前を教えてくれるかな?」

 もう知っているくせにそう聞かれ、ナシェルは苦笑しながら答えた。

「ナシェル」

「よろしく、ナシェル。年は七歳くらい?」

「……当たり」

 ぴたりと年齢を言い当てられ、年齢ももしや初めから知っていたのか疑ってしまう。  

「七歳ね。だけど口調は全然幼さを感じないな」

 嫌みかと思ったが、単なる感想らしく、クロノスはナシェルの答えを待っていた。

 だけど特に答える事もない。齢十にも満たない少女が一人で生き抜くにはどうしても口調も荒くなっていくし、性格だって荒む。

 しかし、ナシェルは今日からこの男の娘になる。彼が嫌がるなら改めようか、とナシェルは口を開く。

「……変? 耳障りなら直す」

「いや、いいよ。君がそれでいいなら今のままで」

 ナシェルはクロノスの言葉にほっとし、やがて一つの疑問を口にしてみた。

「あなたは男? そんな気はするけど、女と言われればそんな気もしてくるし……」

 そんなに関わる気はなかったので男でいいかと勝手に決めつけていたが、これから一緒に暮らすのなら確認しておかなくてはいけない。

 しかしクロノスはにこやかに笑って見せた。

「どちらに見える?」

 一番聞かれたくない面倒な質問だ。さっさと答えてくれればいいものの、と表情が自然と険しくなるが、もしかしてこれが家族のコミュニケーションというものか。

「ええと……」

 クロノスは、顔立ちはどちらかと言えば女性的。だけど、深緑色のローブの下は華奢じゃないかもしれない可能性だってある。

 声も何となく高く、何となく低い。

 だけど、ナシェルは気付いた。男女を見分けられるほぼ決定的ものを。

 クロノスには上部のふくやみがない。つまり、胸が一切わからないのだ。

「やっぱり……男?」

「……今、胸を見て言ったね」

 半分呆れながらクロノスは言い、大きく肩をすくめて見せた。

「ご名答。私は男だよ」

「じゃあ父親なのだな」

「父さん、と呼ぶとアルフと被ってしまうね」

 確かに、自分の実父と呼び方が重なるのはなんとなく嫌な気がする。かと言って父様も変だし、お父さんでは呼び方が固い。

「じゃあドナってのはどう? ここから少し離れた地では父親の事をそう呼ぶよ」

 悩んでいるとクロノスからそう提案され、何度かその言葉を口の中で転がしてみる。

 ドナ、ドナ。口にしてみると悪くなくて、ナシェルは微笑んだ。

「悪くない」

「じゃあ決まり。これから仲良くやろうね、ナシェル」

 手を差し出され、ナシェルはおずおずとそれを握った。

 全く知らない土地で全く知らない他人と暮らす訳だが、ナシェルに不安はなかった。

 今まで暮らしていた生活に比べれば破格の待遇だ。

 手を握り合った二人を見て、ルーアンが柔らかく鳴いた。


    ***


 暗い底にナシェルは一人で立っていた。そこへ、ぬっと白い手が伸びて、長い髪を掴まれる。

 その手の持ち主の顔を見れば、自分を産んだ母親だ。

「母さん……!」

「お前みたいな悪魔の子! 私は欲しくなんてなかったのに!」

 悲痛なその母親の叫び声は耳だけでなくナシェルの心までも引き裂く。


──同じ腹から産まれた兄は良くて、どうして私だけ……。


「…………ッ!」

 ナシェルは勢い良く目を開けた。荒い息を繰り返し、ゆっくりと辺りを見渡す。

「夢、か……」

 ふう、と一息つき、体から力を抜く。隣を見れば黒猫のルーアンがこちらを不思議そうに見つめている。

「ごめん、起こしたな」

 みゃあ、と小さくルーアンは返事を返した。

 自分に与えられた部屋を見回し、部屋の中がまだ暗い事に気づく。

「まだ夜中か」

 窓から覗く月を見つめ、ナシェルは息を吐いて目を閉じた。

 怖い夢は見ませんように。

 そう心の中で願いながら。


    ***


 シャッと勢い良くカーテンが開けられ、眩しい光が差し込んだ。

「朝ですわよ、お嬢様」

「んん……?」

 聞きなれない声に戸惑いつつ、ナシェルは目を開けた。

「……カーテンなんてあったっけ」

 窓際に立つ見知らぬ女性に尋ねれば、彼女は少し目を丸くした。

「まあまあ、随分と的外れな質問をなさるのですね。こういう時は可愛らしく、あなたはだあれ? と聞く所でございましょうに」

 そういうものだろうか。

 そんな事を考えていると、女はふくよかな自分の腰に手をあてた。

「わたくしはお嬢様のお世話やこの家の家事を任されております、家政婦のウリアです」

 人の良さそうな笑顔を見せ、ウリアはエプロンのポケットから紙を取り出した。

「えーと。ナシェル様、とおっしゃいますのね? よろしくお願いします。あ、カーテンはわたくしが朝方お付けしました」

 ナシェルの名前が書いてあったのだろう、その紙を綺麗に折り畳んでまたポケットにしまった。

「今は何時?」

「時間ですか? えーと……」

 今度は反対側のポケットを漁り、懐中時計を取り出して時間を確認した。

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