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鐘が鳴る度、狗が啼く  作者: 天嶺 優香
一、魔姫は砦に
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闇色に駆ける 四

「うぁあああああッ!!」

 己の血を見て叫ぶ男に、喉を斬られて声も出ない男。それらを無視し、自分の顔にかかった返り血を拭い、ナシェルは次々斬り込んでいく。

 男達が動き出した頃には何人もの仲間が息絶えていた。

「この化物めがあっ!!」

 一斉に男達が剣を構えた。明らかに不利な状況だ。

──怯むな、落ち着け。冷静に。

 一呼吸してナシェルは気持ちを整える。焦っては勝てない。逃げる活路さえできれば助かるのだ。

 襲いかかる男達の剣を最小限の動きで防ぎながら人の壁を通り抜けていく。

──あと、少し。

 血が飛び、人が倒れ──ようやく男達の間をすり抜け、道が開けた。

──今だ。逃げられる!

 重い剣を捨て、敵がもういない道へと走り出す。背後ではまだ生き残った男達が追いかけるか否かを話し合う声が聞こえた。

──これでもう当分はやってこない。

 安堵を感じ、ようやく路地裏の出口が目の前に迫った。

 今回は危なかった。疲れと安堵が込み上げ、ナシェルは息を吸う。──刹那、どすっという重い音が耳に聞こえたと同時に肩に激痛が走った。

「ぅ、ぐあっ」

──何故? 何がどうなってるんだ!?

 訳がわからず背後を見れば、低い建物の屋上から男が弓を構えていた。

「な……っ!?」

 予想外の出来事に驚愕し、痛みに堪えながら走ると、すぐに次の弓が射られた。音を聞き分け、それを避けようとして均衡(きんこう)を崩し、地面に倒れた。それから次の矢が背中に命中し、小さな絶叫をあげた。

「よし、捕まえろ!」

 男達が駆け寄ってくるのを眺めながら、ナシェルは視界が暗くなっていくのを感じた。

──嫌だ……!

 その執念を全神経にめぐらす。ぱり、と電流が流れるみたいに体中に血液が回った。力強く拳を握った拍子に、手のひらに爪が食い込んで血が滴り落ちる。

 地面を引っ掻くように踏ん張り、相手を睨みつけた。長い髪が顔にかかって視界が悪くなるが、その異常なさまに恐れをなして奴隷商達は一歩、また一歩と後ずさる。

──まだ、足も手も動く。

「来るな」

 低い低い重低音が辺りに響く。

 捕まる訳にはいかない。捕まりたくない。どろどろとした感情で自分の中が満たされていくのを感じる。

 浅い呼吸を何度も繰り返し、朦朧とする意識の中、ナシェルはただ生にすがりついた。

 両者の間に張り詰めた沈黙が続くが、やがて堪えきれなくなった奴隷商達が顔を青くさせて逃げて行った。その背中がどんどん小さくなるのに安堵し、ナシェルは立ち上がる。

 背中の矢を乱暴に抜くと、傷が治っていくのが自分でも理解できた。

 悪魔の子の証拠。だが、回復力は有難い。

 いまだ意識は朦朧としていて、ただこの場を早く離れないと今度は倍の数で襲われる、という考えが頭の中をめぐった。

 なんとか捕まる事は避けたくて鉛のように重い足を動かす。早く逃げなくては。奴らに捕まる前に遠くへ。

 そのまま町を出て砂漠へ入っていくが、靴を履いていない裸足で横断するにはどうやら無謀だったらしく、熱を持った砂が焼けるように熱い。

 遮るものが何もないナシェルに、太陽は容赦なく日光を射してくる。

──熱い。体が焼ける様だ。

 容赦なく照り差す太陽に、背を向けて何とか歩くが、体力ももう限界に近い。

 荒い息を繰り返し、額を伝う汗を手で拭った。くらりと目眩がして膝を地面につけ、その暑さに思わず顔をしかめる。

 太陽のせいで砂漠までもが高温の熱を持っている。何とか立ち上がるが、またすぐにふらついて砂漠の上に倒れた。

──もう……無理だ。

 じりじりと照らす太陽と、暑さが突き上げてくる砂漠。焼けてしまう様な温度を感じながら、ため息をついた。

 もう歩けない。私は、死んでしまうのか。それが楽かもしれない。このまま目を閉じて意識さえ離せば……。

 そこまで考えて、自分の唇を噛んだ。

──ここで死ぬのか? 私はこんな所で……。

 ぐっと砂を掴む手に力が入る。

──死ぬものか!

 気合いを入れて立とうとするが、無理だった。体力的にもう限界だったのだろう。悔しさで自分の唇を噛み締め、仰向けになって眩しい太陽を、目を細めて睨んだ。

 まだ生きたい。

 あまりの悔しさに涙が出てくるが、もうそれを拭う事も出来なかった。 段々と意識が遠退いていく。

 思考がもうほとんどなにも考えられなくなっていく。暗くなっていく視界の中で、ぼんやりと白い手が見えた。

──……誰?

 その手が誰のものか理解する前に、ナシェルは意識を手放した。

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