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鐘が鳴る度、狗が啼く  作者: 天嶺 優香
一、魔姫は砦に
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好奇心からなる力 一

ナシェルが大きくなります。

 真っ黒なローブを身にまとい、しっかりフードも被ってこそこそしながら飼育舎に歩みよる影が一つ。

 きょろきょろと周りを伺い、やがて中に入って二本足で走る走行用中型ドラゴンに鞍をのせ、思い切って股がった。

「お嬢様!」

 しかし、そう上手くはやはり行かないらしく、鬼の家政婦ウリアにまんまと見つかってしまった。

「どこに行かれるおつもりですか!」

「ちょ、ちょっと乗ってみただけだ」

「外出用のローブを持って、ですか?」

 鋭い所をつかれ、ナシェルは言葉に詰まる。その隙を見逃さないウリアはドラゴンの手綱を掴み、ナシェルが進めないようにしてしまう。

「神の砦から出てみたい気持ちはわかりますけど、まだお嬢様には危険です」

「そんな事ない! もう私も十六だ」

 すでに、ナシェルがクロノスの元にきて早十年の時が立っていた。幼い六歳児だったナシェルは、今はもう齢十六の少女となっていた。

 身長も小柄ながらも十年前より伸び、痩せ細っていた体も女性らしいふくらみをつけた。相変わらずの黒い長髪と紅い瞳ではあるが、整った容姿をこの年月で妖艶に魅せるくらいには成長した。

「十年もずっと神の砦で暮らしてきたんだ。いいだろう? 見てみたいんだ。他の土地を」

 ウリアは困った様に唸り、やがてナシェルの乗っているドラゴンに近寄り、ほっ! と声を出してナシェルの後ろに乗ってきた。ドラゴンが驚いて少し暴れるのを慌てて抑える。

「ウリア!?」

「わたくしも行きます。その条件なら旦那様に黙っていてさしあげますわ」

「ほんとか!?」

「ただし! 必ず日が落ちる前には帰ること。守れますか?」

 後ろから尋ねられ、ナシェルは大きく頷いた。

「ありがとう、ウリア!」

 ドラゴンの腹を足で軽く蹴ると、ドラゴンは元気良く鳴いて飼育舎を飛び出した。

「いけ、ラグ!」

 相棒のドラゴンの名を叫び、神の砦の出口へと向かった。

 森に入り、泉を越え、やがて見えてきた連なる鋭く先が尖った岩々を通りすぎると、黄土色の堅い大地が視界いっぱいに広がった。

 湿り気を帯びない乾燥した風が長い髪を攫い、揺らす。目の前に広がる光景は酷く懐かしく思える世界だった。

「神の砦を出るとこんな風なのか」

 手綱を引っ張り、走ろうとするラグを停止させ、延々と続きそうなくらい広い大地を見渡した。

「なんだか私の住んでいた所に似ているな」

「こんな乾いた土地に住んでいたのですか?」

「貧しかったからな」

 ナシェルは昔を思い出すかの様に目を細めた。

「そういえばナシェル様、一体どこへ行かれるのですか?」

「王都だ!」

「えっ!?」

 賭博などの賭事や、最近では暴力沙汰も頻繁だという、最も治安の悪い所へ向かうと知り、ウリアは一気に顔を青くさせた。

「お、おおお王都ですか!? やめましょうよナシェル様っ!」

 ウリアの言葉をナシェルは聞き流し、はやる好奇心に押され、ラグを走らせた。

 今度はウリアが慌てたが生憎後ろになる彼女を(なだ)める方法はない。悲鳴に近い声を上げる彼女の反応にナシェルは笑みがこみ上げ、おしとやかとは言いがたい高らかな笑い声を上げた。

 魔界の王都。魔王の住む城を中心に広がる城下町。

 治安が悪いと有名だが、そこが最も惹かれる理由だった。行くなと言われれば意地でも行きたくなる。その強い好奇心にナシェルは動かされていた。

「行け!」

 声を張り上げ、ナシェルは相棒のドラゴンを走らせた。


    ***


 (だいだい)色の光に包まれた薄暗い部屋の中。

 外の光なんて一切入ってこず、悲しく響くピアノの洒落た音楽。

 酒と女と金。この場所ではそれが全て。酒瓶片手に男達が自分の金を賭けたギャンブルの世界を楽しんでいた。

 中年男が入り乱れるその怪しい酒場で、数少ない若者達は、それでも威勢良く周りの中年男達に勝負を挑むが、虚しくも熟練の技に屈し、そのほとんどが破産していく。

 しかしその若者の中で、ただ一人、例外がいた。

「むむぅ……」

 中年の厳つい男が唸り声を上げる。しかし若者はどこまでも余裕の表情だ。端正な整った顔のその青年は、口元に勝利の笑みを作る。

「ギブアップ?」

 青年の柔らかな低い声が中年男の脳裏に響く。中年男は屈辱に口元を歪めた。

「……くそっ」

 男は唾を吐いて手持ちのカードをテーブルに叩きつける。

「ちっきしょー!」

 完敗の声を上げると周りの中年男達がどっと笑った。

「また負けたのかよ、アーガス!」

「これで何敗目だ?」

 周りの野次馬達をアーガスは思いきり睨みつける。

「うっせえ!」

 野次馬達に怒鳴り、掛け金を何食わぬ顔で手元に引き寄せる青年に視線を向けた。

「やっぱ強ぇな、ロウェンは」

 がっはっはと豪快な笑い声を上げるアーガスに、ロウェンは口角を上げて笑う。

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