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鐘が鳴る度、狗が啼く  作者: 天嶺 優香
一、魔姫は砦に
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神と名乗る男 五

「……じゃあドナは本当に神様なんだな」

 本人の口からはこれまでも何度か聞かされていたが、あまり信じてはいなかった。神というのは悪魔や天使よりも遠く偉大で、まさかこうして人間とさして変わりない容姿をしているなんて。

「ようやく信じてくれた?」

「うん……。私以外に人間はいるのか?」

「さあどうだろう。いるかもしれないけれど、あまり仲間意識は持たないほうがいいよ。奴隷として扱われているかもしれないから。まあここは安全だけどね」

 《神の砦》と呼ばれる地名だということは、あまり悪魔や人間は寄り付かないかもしれない。

 それに、人間がいないというのも安心した。人間界にいた時はこの紅い瞳のせいで蔑まれてきたのだ。人間でない者が多いのならあまり気にされないはず。

 そんな事を考えながら思わず片手で切ったばかりの前髪を触っていたせいか、クロノスが困ったように笑う。

「ただ、その瞳の色に関しては少し気をつけなくちゃいけないよ」

「何か問題でもあるのか……?」

 不安気にそう言うナシェルの頭をクロノスは乱暴に撫でた。ウリアがせっかく整えてくれた髪が一瞬でぐしゃぐしゃにされる。

「いいかい? よく聞くんだ、ナシェル」

 クロノスは急に真剣な眼差しをナシェルに向けた。文句を言うような雰囲気でもなくて、思わずナシェルはごくりと喉を鳴らした。

「悪魔の赤ん坊は瞳の色が真っ赤なんだよ」

「……私と同じなのか?」

「そうだよ。だけど一歳を越えると瞳の色は変化してくるんだ。瞳の色が紅いままっていう人はごく(まれ)なんだよ」

 どうして? とナシェルが尋ねると、クロノスはナシェルの頭を優しく撫でた。先程よりも優しい手つきに、この男は感情が出やすい方なんだな、とふと思う。

「瞳の色はその人が持つ魔力の大きさがわかるんだ。紅は特殊でね。一歳を越えても変わらない人は膨大な魔力を持ち合わせているんだよ」

「それって……」

「君はその瞳のせいで悪魔の子と呼ばれていたね?」

「……うん」

「残念だけど、やっぱり君は紛れもなく悪魔の子だよ。それも多分魔界でも強い力を持ち合わせた悪魔の、ね」

 ナシェルは黙りこんだ。実父であるはずのアルフとは血が繋がっていないのか。悪魔の子として蔑まれて生きてはきたが、実際にそうだったなんて、思ってもみなかった。

 頭の隅でそんな事を考えて、ナシェルは顔を上げる。

「私は……どうしたらいい?」

「君はどうしたい?」

 質問を返され、ナシェルは言葉につまった。

 自分がどうしたいかなんてわからない。いきなりお前は悪魔の子ですと言われて、一体なにを決められるというのだろう。

「私は……」

 生みの親であるはずの父と母。その間に生まれた兄は、神の子として崇められてきた。ナシェルとしては、ただ偶然が重なっただけのまやかしにすぎないと思っていたが、それなら兄は、やはり神の加護を受けていたのだろうか。

 妹の自分は、悪魔の血を引いているというのに。

「私は、兄を羨ましく思う。だって兄はたくさんの人に……家族に大切にされていた」

 兄は神に、人々に、家族に守られていた。

 だけど、妹のナシェルは悪魔の子とされ、紅い涙と瞳を持って生まれた。

 外出を禁止され、誰からも必要とされず、挙げ句の果てに血の繋がった母親に捨てられた。

「兄が羨ましい。私にはないものを、私が欲しいものを全て持っている」

 兄が憎いと聞かれたら、よくわからないと答えるだろう。

 ただ、兄が羨ましいとは思う。ナシェルは一人で生きていく事しかできなくて、弱くて、貧弱だ。──ふと、今まで自分に悪さをしてきた奴らの顔が浮かぶ。

 ぐつぐつと心の奥底から煮えたぎってくるなにかとても暗い感情が支配する。

「……強くなりたい」

 ぎゅっと拳を握る。

「兄にも、誰にも劣らないだけの強さがほしい。全てを蹂躙(じゅうりん)できるくらいの強さがほしい」

 クロノスはナシェルには魔界でも強い魔力を持っている悪魔の子供らしい。そして、おそらくナシェルもその力を継いでいるはずだ。

「教えて、ドナ。力の使い方を」

 クロノスを見据えてそう力強くいうと、彼はにっこりと嬉しそうに微笑んだ。

「お兄さんのアルミスは神に導かれた。だから私が君を導く。君の父として、神として」

 クロノスが手を動かすと、地面にふわりと突然地図が現れた。

「まずは知るんだ。今、君がいるこの世界を。それが最初の一歩となる」

 突然現れた地図に驚きながらもナシェルはおそるおそる地図を覗き込む。

それにつられてナシェルも覗き込む。いくつかの大きな街と、起伏(きふく)の激しいごつごつとした山々が見える。

「私達のいる神の砦は西の地にある。他には北の《影の都》に、南の地には《夜の住人》と呼ばれる人々が住んでいるんだ」

「夜の住人?」

「夜の住人は昼を嫌って、夜の活動を基本とする人々だよ。気性が荒いのが多いから要注意」

 南の地を指差し、真剣な顔で説明するクロノスにナシェルは大きく頷いてみせた。

「あと東の《花の滝》。ここは妖精や精霊が住んでいるんだ。それから北の《水の谷》。最後はここ」

 クロノスは地図の中枢を指差した。

「魔王が住む魔界の王都」

「魔王……」

 ナシェルが復唱する。実際に見た事がないので想像がつかないが、悪魔に妖精に、魔王。随分と賑やかな世界だ。

「まあ大きく分けてこの五つの地域があるんだよ。さて、次は契約の仕方を教えようかな」

 再び手を動かすと、地面に広がっていた地図が、ぱっと消えた。

 思わずナシェルが見とれていると、クロノスがそれを見て笑った。

「実は神というのは平等じゃなくちゃいけないんだ」

「平等?」

「全てに等しく全てに平等。それが神なんだ。つまり、何かを与えるには、それと同等のものを貰わなくちゃいけない。多くても少なくてもいけない」

 だから、とクロノスは続ける。

「君に技術を与えるには、それと同等のものを君から貰わなくちゃならないんだ。たとえそれが娘でもね」

「神は厄介だな」

「そう。厄介なんだ」

 苦笑気味に言うクロノスを見据えてナシェルは尋ねた。神の意志でなにかを与える事はできず、それに伴う代償が必要らしい。神もあまり自由はきかないようだ。

「私は何をあげればいいんだ?」

「癒しを」

「癒し?」

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