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前書きや序章というよりは、二人がくっつくまでが長いのでまずこんなカップルですよーというお披露目。
美しく流れる黒い髪と、小さな白い顔。そこにあるのは鮮やかな血の色のをした瞳で、色づいた可憐な唇が笑みを作る。
彼女の中に流れる血が自分を呼ぶのか、それとも彼女自身が自分を呼ぶのか、ロウェンにはわからない。
「好きだよ」
彼女──ナシェルはそう囁く。
どんな酒よりも濃厚で甘美な彼女の声が耳から入り、体の奥まで深く染み渡る。
その唇を奪ってしまいたい。
けれど、今のロウェンにはそれが許されなかった。
「手足がもがれても、首だけになっても、俺はあんたを忘れられそうにない」
ロウェンという悪魔をいともたやすく篭絡し、それでもなお魅了し続ける少女は、その言葉を聞くと嬉しそうに微笑んだ。
「うん、私もだよ」
嘘をつけ。ナシェルは非情だ。悪魔のロウェンよりもずっと冷たい。
彼女は嘘は好まないが全てが本当の事を言っているというわけでもない。
白い指がロウェンの頬を撫でる。
「なんなら今から手足をもいでやろうか? 楽しそうだな」
くすくすと笑うその姿はあどけない少女そのもので。だけど言っている事は人間とは思えない。同じ悪魔以上に残忍だ。
「……もいでも死なないけど、それなりに痛いんだからな」
思わず動くと、カシャンと重たい金具の音がする。
この湿っぽい地下牢で両手足を張り付けにされ、なにが楽しくて薄汚い格好で好いている女の目の前で長々と話をしなくてはいけないのか。どうせならベッドの上がいい。
「いいから早く解放してくれ。助けに来てくれたんだろ」
「どうかな。助けには来たけど、その姿も結構そそるよ」
彼女の嗜虐思考は止まらない。ため息を吐くのも面倒で、ロウェンは動かない手足に力を入れる。
「いいか、これをぶっ壊したら今度はあんたを壊す」
「どうぞ。やってみたら?」
むかつく娘だ。悪魔の自分に比べれば彼女の年はまだ赤子程度だというのに。このあしらわれよう。
だけどそこもまた良いとか考えてるロウェンもまた、赤子程度の知能しかないのかもしれない。
「鳴かせてやる」
「お望みなら可愛く鳴いてあげよう」
「三日は覚悟しろ。動けなくしてやるから」
「私の父のことが怖くないのならお好きにするといい」
ああ言えばこう言う。誰に似たのか。その強い父とやらか。確かにあの男は嫌味っぽくて陰険だ。
「とりあえず、その枷壊せたらご褒美の口づけをしてあげるよ、ロウェン」
そうナシェルが言った途端、ぎしぎしと金具の軋む音が強くなる。
目の前で微笑むこの少女はきっと、挑発すれば助けずともロウェン自ら枷を壊せると思っているのだろう。
悪魔封じの手枷など壊してみろとその真っ赤な瞳が訴えている。
ぐぐっと力を込めれば込めるほど、びりびりと張り付けた空気が膨れ上がっていく。
そうして、ばきっと音がなった──目の前に立つ彼女に手を伸ばし、抱き寄せながらロウェンは考えた。
ナシェルとの今までの事を。