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#2-2 下着泥棒と不穏なお願い

(たに)(みや)(そと)鹿(じし)(そな)()ってどんな子だ?」

 ホームルームが開けてすぐ。

 (とう)(へい)は、早速前の席に座っている谷宮に問いかける。

 すると、谷宮は一瞬だけ渋面を作ったかと思うと、次の瞬間にはいつも通り食えない笑顔で軽口を叩いた。

「珍しいね、冬平が(あさり)()さん以外の女子に興味持つなんて」

「いや、まぁ、ちょっとな」

「いいよ。詳しいことは聞かないでおいてあげよう」

 なぜか楽しげに、谷宮は身体ごと冬平の方を向く。

「で、何が聞きたいの?」

「全部だ」

「スリーサイズからパンツの色まで?」

「エロゲの設定資料かよ。範囲狭すぎんだろ。全部だよ、全部。頭の上から足の先まで教えてくれ」

「それじゃあまるで肉体を知りたいみたいに聞こえるんだけど……?」

 やれやれ、と肩を竦める谷宮。

 呆れつつも、友人の期待を無下にはできないのか記憶を手繰ってくれる。

「うーん、そうだな。逆に聞くけど冬平はどこまで知ってるの?」

「学校随一の有名人ってところまでだ」

「なんでそこ知ってるのに本人のこと知らないんだか……」

 再度呆れて、谷宮。

 まぁいいやと続ける。

「外鹿備香、一年生。誕生日とか血液型はいいとして……まず顔がすごくいい」

「抽象的だな。どうせやるならグルメリポートみたく言ってくれ」

「頭の中いっぱいに癒しが広がって、でも普通それで自分との格差を感じて敬遠するものなんだけど、あの子は親しみやすい小動物感でずっと見ていたくなるんだよね。人の心に土足で踏み入ってくる強引さが原因なんだけど、それがまた笑顔と相俟って憎めないんだ。どうしたの、冬平。そんなげっそりして」

「……いや、予想外に褒めるなぁと思って」

 谷宮が女の子を好きすぎることは知っていた。

 去年からの付き合いでしかないが、顔のおかげで寄って来る女子たちに鼻の下を伸ばしていることは一目瞭然だったからだ。

(にしても、褒めすぎじゃねえか……?)

 確かにそれだけの顔を持っていれば有名にもなるかもしれない。だが、それなら漁木姉妹だって揃って有名になっているべきではないだろうか。

(童顔好きが多いのか? それともこの学校の生徒たちは目が腐ってんのか?)

 あくまでも漁木姉妹の美貌を疑わず、冬平は原因を周囲へと向ける。

 そんな、いかにも不満そうな顔をする冬平を見て、谷宮は何かを察した風に頷くと。

「漁木さんと生徒会長も負けず劣らず有名ではあるんだけどね、ほら、あの通り綺麗だから」

「お、おう」

 谷宮が指し示す方へ目を向けて、冬平は反応に迷った結果、気にしていないフリをした。

 視線の先には桶子がいる。

 今日も今日とて本を片手に、涼しい顔で教室の角に座っていた。まるで絵画から切り取って持って来たかのような美しさに、視界のすべてが桶子を際立たせるためだけに存在しているのかと錯覚してしまうところだった。

 ……と、そんな時。

 どんな内容の本を読んでいるのか、桶子がふっと微笑んだ。それから、曲げた人差し指をそっと口元に添えて、たおやかに目を細める。

「…………」

「冬平、口開いてる」

「あ、お、おう」

 微笑む桶子の姿が妙に色っぽく、冬平は我知らず惚けていたらしい。

 慌てて口を閉じると、別段汚れているわけでもないのに手の甲で拭った。

「今は漁木のことはどうでもいいんだ。いや、どうでもはよくねえけど、とにかく主旨から逸れてる」

「そうだね。話を戻そうか。とにかく可愛い系の外鹿さんだけど、有名なのは顔だけが理由じゃないんだ」

「他に何かあるってのか」

「うん」

 谷宮は淀みなく頷く。

 それから、声を潜めてこう言った。


「あの子には、悪魔が憑いているんだ」


 冬平はしばし、理解に時間を要した。

「……えっと、それは小悪魔系とかの比喩か? 現代ではそう言うのか?」

「冬平も現代っ子でしょ」

 申し訳なさそうに問いかける冬平に、谷宮は失望に近い溜め息をついた。

 人差し指を立て、説明を再開させる。

「言葉通りの意味だよ。彼女に関わるとあまりいい結果にならないから気をつけた方がいい」

「例えばどうなるんだ?」

「こうなる」

 簡潔にそう言って。

 谷宮は、自分の親指を見せた。

 そこには、本来あるはずのものがなく、代わりに包帯で雁字搦めにされている。普段はポケットに入れたり視界から外したりと誰かの目につかないように隠しているのだが、この右手は通り魔《指喰み男》にやれらたものだ。

 冬平は目を丸くした。

 親指が通り魔にやられたことは知っていたが、まさかその理由がしっかりあっただなんて。

「お前その外鹿って子にすでに唾つけてたのか」

「ほら、可愛い女の子とは仲良くなっておきたいじゃん?」

「じゃん、じゃねえよ」

 どう考えても自業自得である。

 とは言え、そのせいで野球部のエースから降板し、さらには日常生活に支障をきたす羽目にまでなったのだから、外鹿備香に憑いている悪魔はかなり邪悪な存在なのだろう。

 だが、冬平は思う。

(悪魔ってひょっとして漁木のことか……?)

 そうなるとますます早く解決する必要が出てくるではないか。

 下着泥棒のせいで桶子は通り魔となり、その通り魔のせいで一人の可愛い(と噂の)女の子が悪魔憑きとして怖れられている。つまるところ、下着泥棒の野郎が原因となって都合二人の美少女が非難の憂き目に遭っているのではないだろうか。

 冬平は、恐る恐る掘り下げる。悪魔=桶子の公式を瓦解させて欲しかった。

「他には何かあるのか?」

「そうだな……確か告白した人が不登校気味になるとか、セクハラした教師が不祥事で逮捕されるとか、言い寄った人がやっぱり通り魔にやられるとか。そんなところかな。最近では気になってるだけでも呪われるらしいよ」

「すげぇな、悪魔」

 桶子だけが不幸の源というわけではないと知って内心でほっと安堵しつつ、冬平は素直に舌を巻いた。

 もし本当に悪魔に憑かれているのだとすれば、その力は本物と見て間違いないだろう。

(そうなると、俺の立場はどんどんヤバい方向に傾いてくるんだけどな)

 ラブレター……もとい脅迫状を送られてしまったのだから、相当危うい足場に立っているのだろう。惹かれただけでアウトなら、向こうから近寄られた時は死刑宣告に等しいといったところか。

 憂鬱な気分になりかけながらも、冬平はどうにか平常心を装って。

「谷宮。他に言い残したことはないか?」

「俺、これから殺されるの?」

「はぁ? 何でだよ。他に外鹿の変わったところとかないのかって訊いただけじゃねえか」

「いや、それならいいんだけど」

 冬平は言葉選びが絶望的に下手なのである。その証拠に、身体には数えたくもない無数のナイフ傷が刻まれている。

 谷宮は腕を組むと、難しい顔をする。

「そうだなぁ、冬平が気になる情報か……」

「頑張れデータベース。俺はどんな情報でも受け入れる器を持つ男だ」

「あっ、あったあった。特大のネタが」

「お?」

 谷宮が言うのだから、きっとそれは悪魔憑きよりも面白い情報なのだろう。

 期待の眼差しを込めて、冬平は言葉を待つ。

 そして、特に間を空けず。

 谷宮は一息にこう言った。


「外鹿備香は、レズなんだ」


 冬平はしばし、理解に時間を要した。

「……えっと、それは美少女キャラが好きとかの比喩か? 現代ではそう言うのか?」

「だから、冬平も現代っ子でしょ」

 二度目の問答に、谷宮は呆れる気も失せたようで冷静沈着にそう返した。

 足を組んで冬平の机に肘を置くと、さも面倒くさそうに解説する。

「言葉通り、女の子が好きらしいよ。告白を断る文句も『私レズなんで』だとか。今時そんな断り方する子いないよねー」

「落ち込むなよ、谷宮。世の中にはいろんな女子がいる」

「俺は言われてないからね? 別に告ってないからね?」

 顔がいいだけに、谷宮は告白するという経験がなかったらしく、外鹿備香との一件でもそこまでに至らなかったようだ。

(すんげえどうでもいいな……)

 時期が来れば桶子に想いを打ち明ける予定の冬平は、器量良しの色恋沙汰になど興味はない。

 とは言え、そんな外鹿からの手紙で舞い上がりそうになってしまったことが悔しくて仕方がなかった。

(どっちにしろ元から可能性がゼロだったんじゃねえかちくしょう。いや、悔しくねえけど。俺には漁木がいるから悔しくなんてねえけど)

 冬平は悔しかった。

(全っっっ然悔しくなんかねえけど!)

 念を押すが、悔しかったらしい。

 そんな悔しい冬平は、谷宮から聞いた情報を一応頭に入れておくことにすると。

「他に何かあれば聞くぞ?」

「いや、質問してるのは冬平の方でしょ」

「だから、何かないのかって聞いたんだが」

「ないよ。俺だってほとんど関わったことないんだから」

「そうか。変なこと聞いて悪かったな。少しは参考になったよ」

「それなら良かった」

 やはりどこかおかしい冬平の言葉選びに、谷宮はあまり動じずに頷き返す。

 だが、冬平にはまだ懸念することがあった。

(相手がだいたいどんな人間なのかは把握できたが、対抗手段がねえ……)

 昼休みまで残すところ四時間未満。

 冬平はどうにかして弱味くらいは握っておきたかった。


     ※


「とか言ってる間にタイムリミットッッッ!」

 四時間目終了のチャイムをBGMに、冬平は項垂れた。

 結局、どう頑張っても外鹿備香の情報を得るには圧倒的に時間が足りなかった。

 当然だ。冬平に許された時間は授業間の一〇分休みしかなかったのだから。それも移動教室やら次の授業の準備やらで消費され、一年生の教室に姿を確認しに行ったところで顔を知らないのだから見つけられるはずもない。あまつさえ、無駄に真面目なせいで授業中は他のことにかまけず真剣に取り組んでしまっていたので目も当てられない。

「ちくしょう、どうする……」

「冬平は何に悩んでるわけ?」

「悪魔の祓い方」

 谷宮の質問を簡潔に済ませると、冬平は立ち上がった。

(とにかく、行くっきゃねえか)

 桶子の下着泥棒被害を消すまでは捕まるわけにはいかず、交渉手段を見つけられなかった冬平にできることは現状では『諦めて従う』しかない。

 まだ『頼み事をしたい』としか言われていないのだ。ひょっとすると害のない頼み事の可能性だって捨て切れない。冬平は、そちらに賭けることにした。

「じゃあ、行って来る」

「えっ、あぁ、うん。どこに?」

「戦場に」

「あ、うん、そっか」

 沈痛の面持ちで赴く冬平だが、しかし谷宮の態度はひどくあっさりしたものだった。

 だが、冬平は気にしない。

 これから向かうは戦の地。他愛もないことを考える脳があるのなら、相手にどう立ち向かうかに思考を割いた方が賢明だろう。

 谷宮に見送られるままに教室を出ると、確かな足取りで指定された体育館裏を目指す。廊下を進み、階段を下り、外に出て、五分と時間をかけずに辿り着く。

 そこには、まだ誰もいなかった。

 ……だが。

(これ、昨日の俺のもんか……?)

 地面を彩る赤黒いシミに、冬平は悪寒を抱く。

 一言で言い表せば、水溜まりの跡だった。それだけの量が地面に塗られていた。

 そりゃあ意識も失うな、としたくもない納得をついついしてしまう。

 そんな時だった。

「だーれだっ」

 という甘い声と共に。

 冬平の視界が塞がれたのは。

「うおっ!?」

「ねえねえ、誰だと思いますぅ~?」

「知らない! こんな声出せる人とか知らない! どのアニメから出て来た!?」

 冬平は困惑する。

 新品のタオルでも宛てられているのかと思える柔らかい手の主は、それこそ冬平が口にしたようにアニメから出て来たかのような声質をしていた。

 脳天から出ているのかと疑いたくなるような甲高い声だ。だが、耳をつんざく鋭いものではなく、響きながらも不快感のない甘い柔らかさが感じ取れる心地良さを持っていた。

 だが、再三言おう。

「誰なんだお前!」

 冬平は、この声の主を知らない。

 後ろから添えるようにそっと手でアイマスクを作る誰かさんは依然声を弾ませる。

「誰なんでしょうね~?」

「耳元で囁くんじゃねえ! 惚れたらどうすんだよ!」

「え~? 構いませんけどぉ~? でも私レズですよぉ~?」

「なに……?」

 つい最近耳にした特に知りたくもない情報に、冬平の中でとある人物と繋がる。

 冷静になればわかるはずだった。ここに呼んだのは誰だ、ここに来るのは誰だ。そんなもの、一人しか思い当たらないではないか。

「お前、外鹿備香か!?」

「今のでバレるとちょっと落ち込むんですけど……。てかちょっとキモいかなぁ……」

「悪いのは圧倒的にお前だろうが」

 ようやく目隠し状態から開放され、冬平は恨みがましく後ろを振り向いた。

 そこには、確かに美少女と呼んで差し支えない愛らしい少女が立っていた。

 明るい茶髪は肩にかかる程度に切り揃えられ、上部では両側に短いピッグテールが跳ねている。首には犬につけるような革製のチョーカーがはめられ、小ぶりの鈴が煌めいていた。

 そんな、ひと目で捉えられる特徴が多い外鹿は、黒目がちの瞳で上目遣いをすると。

「まぁ、私が悪いかどうかはともかくとして」

「すんな。善良な人間が他人の意見を無視するのか」

「しますよ」

 しれっと流すと、外鹿。

「で、あなたは()(すみ)冬平先輩で間違いないですか?」

「違うって言ったらどうなるんだ?」

「校内に写真をバラ撒いて歩きます」

「わかってんじゃねえかよ! てか、見てたんなら覚えてんだろうが!」

「はいはいてへぺろぉー」

 責め立てると、外鹿はゴミ捨てでもするような雰囲気で謎の擬音を口にする。

 こんな可愛い子から可愛くない声が出るだなんて……、と冬平は軽く夢を壊された気分になる。

 だが、外鹿はマイペースにずけずけと話を進めていく。

「それじゃあ、丹澄先輩」

 語尾にハートマークが浮きそうな調子で、外鹿は切り出すと。

 次の瞬間。

 こんなお願いを口にした。


「漁木先輩から離れていただけませんか♪」


 冬平はしばし、理解に時間を要した。

 今日は未知に遭遇する回数が多すぎやしないだろうか。

「……えっと、それは迷惑をかけるなとかの比喩か? 現代ではそう言うのか?」

「先輩も現代っ子じゃないですかぁ」

 まるで意味が通じない様子に、外鹿はげんなりとツッコんだ。

 それから、左手を腰にあてて右手で冬平を指差すと。

「漁木先輩とどうやら仲がよろしいようなので、鬱陶しいあなたには消えて欲しいんですっ」

「仲良く見えるのか!? 本当か!? いよっしゃあああああああああああああああああっ!」

「えっ、えっ、今の喜ぶところじゃないはずですよ!? あれ!?」

 放つ言葉を間違えたのだろうか、外鹿は軽く狼狽えた。

 自分の発言を思い返して頭を悩ませる外鹿に、見兼ねた冬平はそっと寄り添ってやる。

「心配すんな、外鹿。人間生きてりゃ誰にだってわからないことの一つや二つはある。そして、そん中には知らないままでいていいもんだってあるんだぜ」

「あれ? どうして私が慰められてるんですか?」

「気にすんな。俺が勝手にやってるだけだから」

「そうじゃないですよ! あなたに慰められるような状況じゃないって言ってるんです!」

「あ? そうなの?」

 てっきり世の中の難しさに苦しんでいるものと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

(にしても、俺と漁木が仲良く見えるのかぁ……そうかそうか。事実とは違っていても嬉しいもんだ)

 形だけでも仲良く見えるのなら、まだ本当に仲良くできる可能性は豆粒ほどでも残っているわけだ。それが一縷の望みだとしても、縋る価値はありそうだった。

「ちょっと、何ニヤけてるんですか」

「嘘つくな。ニヤけてねえだろ」

「いやいや! 思いっ切り口元緩んでましたよ!?」

「勝手に解釈すんじゃねえよ。お前に俺の何がわかるってんだ」

「えぇ……なんでちょっとキレられてるんですか私……」

 なぜか堂々と他人の意見を否定する冬平に、さっきそれを咎められたばかりの外鹿は肩を落とす。

 だが、すぐに頭を振って沈む気持ちを振り落とすと。

 気を取り直して凛と言い放った。

「丹澄先輩! 漁木先輩にこれ以上近付かないでくれませんか!」

「お?」

 意外な切り替えの早さに目を丸くする冬平。

 外鹿の懇願とも言えるお願いに対して、従うしか選択肢がない彼は。

 同じくよく通る声で、こう返すのだった。


「断る!」


 再度確認のために言っておくが、冬平には断るという選択肢はない。何を隠そう、証拠写真まで撮られて脅されている立場なのだから。

 だからこそ。

 堂々と返された外鹿は。

「……はっ?」

 と、目を点にする他なかった。

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