#4-3 下着泥棒とカーニバル
「ふーふふーふふーふーん♪ ふーふふーふふーふーんふーん♪」
「うーん……なんでアラジン……?」
変な歌声をぼんやりと耳に残しながら、漁木槝子はゆっくりと目を覚ました。
槝子は睡眠が深い方で、一人暮らしを始める前までは目覚まし時計を三個も四個も鳴らしては桶子に叩き起こされたものだ。
そんな暮らしを恋しく思う傍らで、絶って良かったと感じる部分もあった。
(私はずっと桶子ちゃんに甘えて生きてきた。だから、誰も起こしてくれない生活になった途端に眠れなくなったっけ)
我ながら責任を感じやすい方なんだ、と自覚できたいい機会でもあった。今ではこうして目覚まし時計一つで熟睡から目覚めることができるまでになったのだから、桶子の存在には感謝すらしている。
そんな風に思考を巡らせつつ、まだ半分だけ夢の中の槝子は枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。
「……?」
だが、違和感を覚え、槝子は布団の中で首を傾げた。
枕元が定位置であるはずなのに、一向に見つかる気配がない。寝相は比較的良い方で、悪いと言ってもせいぜい布団から足を出してしまう程度だ。だから目覚まし時計を見失うはずがない。
そう考えていた槝子だったが、さらに違和感に気付く。
(あれ? そもそも音が聞こえない……?)
セットを忘れたのだろうか。そんなミスを犯すほど、昨日が変わった日だったようには思えない。あれは単なる予定調和だ。
それでも一応目覚まし時計を手探りで求めつつ、続けて三つ目の違和感に襲われる。
(あれ、なんか、床がつるつるしてる……というか、お布団の温もりを感じられない……あと壁っぽい……)
槝子の家の床は安っぽいカーペットだったはずだ。ごわごわとむにむにの中間のような、キャスターを転がしても安心の床だ。それが、いつの間にか車のような繊維強化プラスチックじみた感触になっているのどういうわけなのか。
寝ぼけたままの頭で呆然と状況を整理する。
・セットを欠かさないはずの目覚まし時計が鳴らず
・それどころか枕元に見つけられず
・あまつさえ床の感触が普段のものと異なっている
つまり……?
「――――ッ!?」
焦燥に焚きつけられて意識は瞬く間に覚醒し、槝子は弾かれたように飛び起きた。
身体をビクリと一度だけ痙攣させて起床した槝子がまず始めに目にしたものは、今まで生きてきた中でもっとも想像の埒外のものだった。
「やぁ、マドモアゼル。気分は如何かな」
寝起きのせいなのか――いや、脳が正常に働いていても恐らく変わらないだろうが――上手く目の前の光景を受け入れられない槝子は、ただただ目を瞬かせる。
文字通り目と鼻の先にあるそれは、一言で表すならば下着だった。
(いや、まぁ、人なんだろうけども)
そう、確かに人の顔をしてはいる。だが、槝子が確信を持てないのは、そいつがパンツを覆面代わりにしているからだ。
比喩や冗談に非ず。
強盗が身分を知られるのを恐れるように、目の前のこの男はパンツで顔面を覆っていた。
それも、一枚だけではない。クロッチ部分がちょうど顔の中心線にくるように一枚、帽子を被るようにして一枚、さらにはなぜか帽子に挟むようにして左右に一枚ずつの計四枚もの女性用下着を頭部に装着していた。
「……? ……?」
槝子は未だ理解が追いつかなかった。相手がどんな理由で下着を被っているのかもわからなければ、どんな精神状態になれば被ることができるのかもわからない。
これだけでも充分すぎるほどに精神異常者だが、その男の異常な箇所は頭部だけではなかった。
頭部の奇抜さから目を背けるようにして視線を下に流してみれば、今度は胸部に女性もののブラジャーが装着されていた。身体中に巻かれた血の滲んだ包帯は時代を先取りするファッションのつもりなんだろうか。
あまりにも受け入れ難い異質さに、槝子は再び目を逸らす。これを現実として認識してしまったら自分の中の何かが終わりを迎えるような気がした。
だが、二度あることは三度ある。
胸部からさらに視線を移した先、程良く鍛えられた腹筋よりも下には、頭につけているものと同じ枚数の女性用パンツが待ち構えていた。
(な、なんで!? 頭だけじゃ満足できないってこと!? せめて一枚でしょうがっ!)
普通は下に穿いている方が正しいわけだが、度重なる想定外の事態に正常な判断力を欠いていた。そもそも、真に指摘するべきは枚数ではない。
と、そこまで眺め終えて。
槝子はさらにおかしな状況に気が付いた。
自分が現在いる場所――ずっと誰かの部屋だと思っていたここは、意外や意外、ただの風呂場だった。要は、浴槽に見知らぬ男と二人で入れられているかなり危機的な状態だ。
だが、一つだけ訂正するならば。
「ひっ!?」
ただの風呂場、ではなかった。
何を隠そう槝子が現在謎の変態男と共に沈められているこの浴槽の中には、水ではなく女性ものの下着が詰め込まれていた。
端的に言えば、槝子は超がつくほどの変態と二人で下着の半身浴をさせられていた。
ぞわわわわ、と背中にゴキブリの群れが這ったような一生分以上の気色悪さに襲われる。
男は「ははっ」と快活に笑った。
「そう怯えることはないさ。別にとって食べようってわけじゃあない。君を呼んだのは他でもない、この宴へ招待するべき人材だと思ったものでね。寝ている間に移動させたお詫びも兼ねて、今日は良い宴にしようじゃないか」
「宴……? 何言ってるの……? それより、あなたは誰?」
「誰? 誰だって? 水臭いことを言うお嬢さんだ。私の名前はウィンターフラット。君と理由は違えど同じ趣味を持つ同業者じゃあないか。さぁ、仲良くしよう」
「う、ウィンターフラットっ?」
とても人の名前には聞こえない単語の並びに、槝子は疑わしげな視線を向ける。まるでフリーマーケットで本物のダ・ヴィンチの絵画を見せられたような気分だ。
その流れで思わず一単語ずつ和訳してしまった槝子は、すぐにある少年の顔が浮かぶ。
「もしかして丹澄くん……?」
「君はもう少し理解力を磨いた方がいいな。私はウィンターフラットであって丹澄などとい――」
「丹澄くんだよね!?」
「違う、ウィンターフラットだ」
「だから、丹澄くんでしょ! 下の名前を一文字ずつ英語にしただけでドヤ顔しないで!」
「君がなんと言おうと私はウィンターフラットだ。ふっ、もう少し賢い女だと思ったんだがなぁ。国語は苦手か? ん?」
「くっ、どうしてこんなダッサイ名前をこうも堂々と押し通せるの……?」
なぜか槝子の方が悔しくなってきた。
どうして看破した側が負けた気分を味わわされるのだろう。いっそ腹が立ってきた。相手が他人の下着で風呂に入る変態なら、ひょっとすると殴ったって許されるのではないだろうか。
だが、槝子が腕を上げようとするよりも早く。
ウィンターフラットは機敏に両足を上げ、そのまま槝子の両肩にかかとを乗せてきた。悪寒がさらに加速する中、変態は顎を上げると。
「知らねえのか? ヒーローってのはマスクをつけると強くなれるんだぜ?」
「丹澄くん、素が出てるよ。あと、パンツはマスクじゃない」
「残念、私の名前はウィンターフラットだ。そして私の発言はすべてが素だ。例え口調がブレようとも、パンツがマスクじゃなかろうともな」
「だからなんでそんな堂々と……」
どれだけ異常事態だろうと、相手が知っている人間だとわかった途端に驚くほど落ち着きを取り戻せていた。
そんな風に槝子が安堵していると。
ウィンターフラットは小馬鹿にするように鼻で笑う。
「一つ、質問をさせていただこうか」
「なに?」
「漁木槝子、君は就寝時に下着を身につける派かな?」
「は? そんなの当たりま……えっ?」
と、不意に意識をした瞬間、身体の違和感に気が付いた。
身が軽くなったような、服が薄くなってしまったような、そんな心地悪さが局所的に現れる。より具体的に言えば、胸部と股間にそのもどかしさは存在した。
「~~~~~っ!?」
今まで認識できていなかったという事実も含めて、急に羞恥心が込み上げてきた槝子は、遅いとわかっていながらも咄嗟に両手で二箇所を保護する。
顔が熱かった。服を着ているとは言え……いや、服を着ているからこそ、彼に余さず中を見られたと思うと、それこそ顔から火を噴きそうだった。
「おや? 操を餌にしようとしていた割に、下着を剥がれると照れるのか。線引きが気になるところだが、聞けば答えてくれるのかな?」
「こ、答えるわけないでしょ!?」
「そうか。では別の質問をしよう。なぜ私が君の下着のみを奪ったのかわかるかな?」
「変態だから以外にないでしょうが!」
「不正解だ」
「なんで新しく被るの!?」
「言ったろう。君が答えを間違えるたびに私はこの湯船から下着を一枚拝借する。例えそれが頭を包むものでなくともな」
「聞いてないんだけど!? 色々な意味で聞いてないんだけど!?」
つい何時間か前に妹の家の前で繰り広げられていたようなマイペースぶりに、槝子はそれと知らずに振り回される。
依然として人の肩に足を乗せたまま、ウィンターフラットはニヒルな笑みをパンツ越しに刻んだ。
「君の下着のみを奪った理由、それは私が下着泥棒だからだ」
「そ、そりゃ理に適ってるけど! だからって身につけてるものをわざわざ盗むなんておかしくない!? というか自分で下着泥棒って認めたよね今!?」
「逆に聞くが、なぜ下着だけを盗るのがおかしいと思った? 下着泥棒なのだから、下着以外を盗む道理がないだろうに。別のものを盗んだら呼び名を失ってどんな罪を裁けばいいのかわからなくなる。やはり人間は一つずつ問題を消化するべきだと私は思うわけでね、故に、私が下着泥棒かどうかは今は関係のない些末な問題だ」
「うっ、正論に聞こえてしまう……」
まったくもって愚論ここに極まるのだが、槝子は雰囲気に呑まれてしまっていた。
それを好機と受け取ったのか、ウィンターフラットはバスタブの縁に腕を預けてふんぞり返る。無論、足は槝子の肩に置いたままで。
「下着泥棒が下着を盗んだのだ、面目躍如と言って欲しいものだなぁ? だと言うのに? 君は? この行為を? おかしいと糾弾するのか? 同じ下着泥棒なのに? へぇ? 正気かね? それとも私を試しているのか?」
「うっ、でも、私のは――」
「『妹のものだから良い』か? それとも『ここまで酷いことをしていないから良い』か? それを漁木の前でも言えんのか?」
「……っ!」
代弁するような解答に、槝子は息が詰まる。
ウィンターフラットは偉そうな体勢のまま、見下すような視線を向けた。
「おいおい、なに図星衝かれたって顔してんだよ。なに罪悪感に襲われてんだよ。言ったよな? 目を覚まさせてやるってよ。まだまだ幕は開いたばかりだぜ? 期待通りに楽しんでってくれよ?」
「な、何を……」
「何をって、聞こえなかったか? 目を覚まさせてやるって言ったんだよ」
その声は、まるで質量を持つかのように槝子に重圧を与えた。肩を押さえつけられているからではない、別種の抽象的な重みが全身を支配する。
ウィンターフラット――改め、元の口調に戻った丹澄冬平は右手の人差し指を上げると。
「ということで、あんたには漁木と同じ気持ち……いや、それ以上の恐怖を味わってもらう。これが終わってもまだ続けるって言うんなら、その時は俺が手ずから息の根を止めてやるよ。不良品は廃棄しないとな?」
「に、丹澄くん。自分が何を言ってるのかわかってるの……?」
「あぁ、わかってるさ。これを機に本格的に漁木に恨まれるってことまで含めて、すべてな」
「じゃあ止めなよ! 桶子ちゃんのこと好きなんでしょ!?」
「だからこそ、に決まってんだろうが」
有無を言わせぬ力強さで、冬平は断言した。
「漁木のことが好きだからこそ、俺は自分を犠牲にしてでもあいつの平穏を取り戻す。漁木桶子の平穏を、笑顔を、そして大切な姉を、全部まとめて俺が取り戻してやるって決めたんだ」
「嫌われてもいいって言うの……?」
「生憎と、すでに前科があるんでな。躊躇う気持ちなんて砂粒ほどもねえ」
槝子は言葉が出なかった。どうしてそこまで真剣になれるのか、さっぱり理解できなかった。
冬平にとって桶子はただのクラスメイトというだけのはずだ。生涯を誓い合った恋人でも、忠義を尽くすべき主でもない。
(これが、馬鹿正直ってやつなの? 猪突猛進にも限度ってものがあるでしょ!)
前しか見えていないにも程がある。もはや前以外を考慮していないといった方が正しいかもしれない。
案の定、冬平は錯乱しているとしか思えない格好のまま、両手一杯に下着を掴んで掲げた。
「見ろ。これ、誰のものかわかるか? あんたのだよ、槝子生徒会長」
「信じられない。桶子ちゃんのも混ざってるんだけど」
「だから、あんたのだろ? あんたの理論で言えば、妹はあんたの所有物だったはずだ。だったら、妹の下着はもれなくあんたの下着だろ? 違うか?」
「だったら、私は泥棒じゃなくなるね」
「そうだな」
「じ、じゃあ――」
「だからどうした?」
「――っ!」
逃げ道を塞ぐような、冬平の質問。
槝子が答えられずにいると、別に答えは求めていなかったのか、冬平は二の句を継いだ。
「あくまでもそれはあんたの理論での話だ。世間一般で言えば、例え対象が妹だとしたって泥棒は泥棒だ。そんでもって、今日は別にあんたを脅しに来たわけでも、ましてや殴りに来たわけでもない」
「なら、何を……?」
「今から手本を見せてやる。下着の楽しみ方ってやつだ。下着泥棒をするからには、やっぱり盗んだもんは自分のために活用しねえとな?」
「た、楽しみ方? 下着の?」
槝子はまったくわからなかった。
匂いを嗅ぐだけではないのか? 観賞するだけではないのか? 他に何を求める?
そんな疑問に頭を埋め尽くされる中、ふと槝子は新たな違和感を覚えた。
「ね、ねえ、なんか盛り上がってない?」
「あぁ、まあな。何てったって下着の風呂に入ってるんだぜ?」
「違うの、そうじゃなくって。その、真ん中あたりが変に隆起してない?」
「だから、美人な漁木姉妹の下着に全身を包まれてるんだから当たり前だろ?」
「だからそうじゃなくて! ここ! この辺! 何を隠してるの!?」
「オーケーオーケー。落ち着け、生徒会長さんよ。わかったよ、わかった。初めから俺が理解した上で答えてんのにあんたときたら。まったく、初心な子猫ちゃんだ。わかるようにちゃんと説明してやる」
はぁ……と、なぜか槝子が悪いかのように溜め息をついて、冬平は肩を竦めた。
それから足を下ろすと、おもむろに立ち上がる。
すると、どういうわけか不自然な山もそれに合わせて移動した。どうやら冬平の身体から生えているようで、物干し竿のように下着たちを引っかけながら上昇していった。
最終的に槝子の顔の前で上昇は止まり、四枚重ねのパンツによって出来上がったテントからは、引っかかっていた下着たちがはらりはらりと舞う。
それ――より詳しく言えば張り出した凶器を文字通り『目』の『前』に見せつけられた槝子は、大袈裟なくらいに目を見開いたかと思うと、ものすごい勢いで血の気を引かせていく。
そして、冬平は簡潔に、かつ宣言通りわかりやすく正体の説明を口にした。
「勃起って知ってるか?」
「……ひぇっ」
喉から音が洩れる。
突き出されたモノは、男性の象徴。しかも恐ろしいことに臨戦態勢である。
(はっ、初めて見た……! いや、正確にはまだちゃんと見てないけど……けど! こ、こんなに大きくなるものなの!? 偽物とかじゃないの!?)
というか、こういう状態になっているということは。
「へ、変態っ! 丹澄くんの変態! 人の下着でなに考えてんの!」
「おや? ひょっとしてこれを理解できない? 残念だなぁ。ひっっっじょーに残念だなぁ。俺はただ、己の欲望を満たす手段として下着を選択しただけなんだが? あんたと同じだろ?」
「お、同じじゃないから! 私はただ、ただただ桶子ちゃん成分を求めてやったことで……!」
「それはあんたの言い分だろ、槝子さん。漁木から見りゃあ俺もあんたも心をひっかく悪者なんだぜ? どう足掻いても正当化なんてできないんだよ」
「だ、だからって……!」
槝子は訴える。
おかしいと、異常だと、狂っていると。
「そ、そんなんじゃ……そんな風じゃあ……!」
「まるで本物の下着泥棒みたい、ってか?」
「……っ」
心を読まれて、槝子は絶句する。
立ったまま、二重の意味で立ったまま、冬平は続けた。
「もう手遅れなんだよ、槝子さん。あんたが妹から助けを求められた時点で、もう笑って済ませられる段階を踏み越えちまってたんだよ。あんたは謝ればそれで『はいじゃあ今までのこと全部許しますお姉ちゃん大好き』ってな風に納められるつもりでいたかもしれねえけどな、漁木は違ったぜ。あいつが苦しんだ結果なにをしていたか知ってるか?」
「な、何って、相談を……」
「やっぱり、何も見ていなかったんだな」
冬平はさっきまでの怒りを灯した瞳とは打って変わって、寂しそうな、それでいて悲しそうな目になった。
だが、それも一瞬のことで、すぐに眉を吊り上げると。
「最後に一つだけ質問させてもらうぞ」
「さ、最後……?」
「あぁ、最後だ。下着泥棒の事件があると、結構な確率で持ち主の写真が盗まれるそうだ。これがどういう意味かわかるか?」
「ど、どうって、そんなの使うためじゃ……」
「そうだな。なら、その先の質問をしようか。俺があんたごと我が家に引っ張って来た理由は何だと思う?」
「……え?」
その質問の意味を、槝子は理解しようとし……理性がそれを阻んだ。ここで答えに行き着いてしまえば、頭がどうにかなってしまいそうだった。
だが、頭が理解せずとも、本能は次第に恐怖に呑まれていく。
じっとりと嫌な汗が身体中の穴という穴から滲み出る。同時に、芯から冷えるようなおぞましい悪寒が全身を支配した。恐怖、嫌悪、緊張、できるなら抱きたくない気味の悪い感情たちが一斉に去来し、現実から逃れたい思いが眩暈すら呼び起こした。
もはや冬平の痴態に対する羞恥心など介在する余地もなく、槝子はひたすら気圧されることしかできなかった。
「迅速なご理解傷み入るね。だったら、俺が今からやることくらいわかるな?」
「い、いや……」
「止めないでもらおうか。さっきからずっと我慢し続けていたんだ。もう触れないでも匂いだけで爆発しそうでな。あぁ、そうそう。あんたから剥ぎ盗ったパンツな、マスクとしちゃあ息苦しさが難点だが、温もりと香りは最高に俺好みの一品だ、感謝するぜ」
「ひぃっ」
「おいおい、ひっでぇな。怯えんなよ、まるで俺が悪いことしてるみたいじゃねえか。むしろ悪いのはあんただからな? こんな綺麗な顔して、こんな良い身体して、こんなイヤラシイ下着身に付けて、俺が愉しまないとでも思ったか?」
「も、もうやめて……許して……」
「いいや、許さないね。覚えてるか? 初めて会った時、あんたは俺のことを『傷を攻撃されて悦ぶ変態だ』と誤解してくれたよな。訂正させてくれよ。俺は下着を使った妄想で愉しむ紳士なんだよ。だからさ、あんたには申し訳ないと思うけど、これからちょっと下着とあんたを汚させてもらうぜ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……謝るから……」
「よっと。あぁ、重ねてっから脱ぎづれぇなぁ。え? 今なんか言った?」
「も、もうしない! もう桶子ちゃんの下着は盗まないから!」
「だから? そんな約束をされたって俺はこのまま発散するし、そもそも謝る相手を間違えてんだが?」
「桶子ちゃんに謝る! 一生しないって誓いもする! だ、だから!」
「残念! もう脱いじゃいました~っ!」
「いやあああああああああ! 変態!」
「あァッ! いいパンチだ! 思わず出しちまうところだった! さぁ! もう一発くれ! さぁ! さぁ! さぁ!」
「ぎゃあああああああああ! 近付けないでよ! 腰振らないでよ! 揺・ら・さ・な・い・で・よ!」
「お断りだね! 見本用にあんたを連れて来たが、やっぱり実際に使った方が愉しめそうだ! 今すぐその綺麗な顔に……って、おぉう」
ふと、冬平が気が付いた頃には、もう槝子は泡を吹いて失神してしまっていた。
美人を台無しにするかのように、白目を剥いてぐったりと湯船に身体を預ける槝子を見て、冬平は身に付けた下着を外しながら。
「ちょっとやりすぎたか……?」
と、唐突な罪悪感に苛まれた。
そんな冬平に、風呂場の外から声が飛んでくる。
「ちょっとどころじゃないわよ。お姉ちゃんのトラウマにでもなったらどうするの?」
「お前が懲らしめろって言うから俺なりに考えてだな……」
「……はぁ。丹澄くんって、本当に真っ直ぐよね。いっそ愚直だわ」
呆れたように、桶子は冷めた言葉をかけてくる。
「どうせまた『どうすれば一生やらなくなるか』だけ見据えて突っ走ったんでしょ。私に下着泥棒だって確信させたあの一件を忘れたの?」
「うぐっ、全部見抜かれてやがる……」
「当たり前でしょ。私がどれだけ見……コホン、どれだけ振り回されたと思ってるの?」
「悪かったよ。でもまぁ、これで最後だ。本当の本当に終わったじゃねえか」
「えぇ、そうね」
風呂場の外で、桶子は若干嬉しそうに肯定した。
すべての下着を外し終えた冬平は、下着たちの中に隠しておいた自分の服に着替えると、槝子を抱えて風呂場を出る。ドアの横に立っていた桶子と共に六畳間へと移動し、予め敷いておいた布団に槝子を寝かせた。
「ところで、丹澄くん。ものすごくお楽しみだったようだけど……」
「うっ……そ、それは見ないフリで頼む……」
「そうね。全部演技だったものね?」
「……なにゆえ疑いの目を?」
「さぁ? 自分の胸に聞いてみれば?」
言葉の割に楽しそうに、桶子はぷいっとそっぽを向いた。
それから、不意に縮こまると。
「どうしてこんなことしたのかしら、お姉ちゃん……」
「それは全部本人から聞き出せば済むことだ。目を覚ますまで気長に待とうぜ」
「それもそうね。まぁ、丹澄くんがやりすぎなければ待つ必要もなかったわけだけど」
「うっ」
桶子の鋭い指摘に、冬平は返す言葉もなく小さな呻き声を上げる。
そうして二人は、槝子が目を覚ますまでじっと待つことにした。
彼女が目を覚ましたのは、それから一〇分後のことだった。




