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#4-1 下着泥棒とド変態

「私ね、(あさり)()先輩に助けられたんです」

 (そと)鹿(じし)は語り始めた。

 嬉しそうに、楽しそうに、まるで大好きなスーパーヒーローついて友人に教えようとするかのように、それはそれは無邪気な笑顔をしていた。

 それこそ、下着泥棒だなんて思わせないほどに。

「初めて出会ったのは高校に入って一ヶ月と少し経った頃でした。私ってほら、こんな可愛いじゃないですか。だからすぐに噂が広まっちゃって色んな男の人が言い寄って来てですね、それはもう鬱陶しかったわけです」

「…………おう」

「…………そう」

 (よう)()についての語りが始まるのかと思いきや、最初に可愛さ自慢が始まってしまった。(とう)(へい)と桶子の二人は、どう反応したものか迷っていた。

 だが、外鹿は気にした風もなく、淡々と続けていく。

「そんな時でした。あっ、私が下校していた時でした。そこでしつこい男その一である、えーっと……名前も忘れてしまった先輩がいましてね。その人は、本当にしつこく私の帰り道でまで話しかけて来るハエのような人でした。廊下で出会えば話しかけて来て、食堂で出会えば相席しようとし、スーパーで出会えば運命を感じてくる、そんな日々が続くようになりました」

「……そりゃ確かに鬱陶しいな」

「あっ、思い出しました。(たに)(みや)先輩です。顔だけは良かったですねー」

「谷宮ぁっ!?」

 さらっと知っている名前が出てきて冬平は目を剥いた。谷宮がそんなことをするようには思えなかったからだ。

(だが、確かに時期は一致する……)

 外鹿が通り魔に会ったのは入学してひと月と少し経った頃、つまり五月半ば。谷宮が被害に遭ったのも二ヶ月と少し前、つまり五月の半ばだ。

(そう言えば、アイツが指を切られたのって、外鹿に話しかけたことが原因なんだっけか)

 ここまで救いようのない自業自得は初めて見た。さすが、可愛い女の子を見つけると見境なく接触しに行くタフネスの持ち主なだけはある。

 早くも頭が痛くなってきた冬平だったが、それでも外鹿の独白は続く。

「で、その()()()()()がついには壁ドンまでして来ましてね。私はその時に確信しました。『あぁ、私はこのまま犯されちゃうんだろうなぁ、エロ同人みたいに』と」

「すげぇ早とちりな確信もあったもんだなぁオイ……」

 冬平は呆れ返った。

 どこまでが事実で、どこからが妄想なのか。もはやそんな疑いすら湧いてくる。この少女、いくらか誇張して打ち明けてはいないだろうか。

(まぁ、このあたりの事実は盛られてたって俺にはまったく関係ねえんだけど……。問題があるとすれば、根本から妄想だった時だ)

 あっさりと罪を認めていたあたり、疑いすぎることもないだろう。そんな心構えで冬平は話を聞いていた。

 一方で、桶子はと言うと。

「ひょっとしてそこに……?」

「はい! そこに颯爽と現れたのが、漁木先輩でした!」

「やっぱりそうだったのね。さすが私」

 うんうん、と誇らしげに頷く桶子。

 クラスメイトの指を切り落としておいてなんて満足そうなのだろう。やり切ったと言わんばかりの表情に、冬平は思わず冷ややかな視線を送ってしまっていた。

(谷宮を襲ったのもそうだが、俺以外に見つかってないんじゃなかったのかよ……)

 それも同じ学校の生徒に、いともあっさりと目撃されてしまっているではないか。ともすると、存外に目撃者はいるのかもしれない。

 危うく意気投合してしまいそうな様子の桶子に、外鹿は尚も話を続ける。

「漁木先輩は無言で()()()()()に近付いて、通り過ぎ様に指を切り落としてしまいました。こう、スパーンッと。そこで私はものすごくスカッとしてしまいまして、この人のことをもっと知りたい、近付きたいと思ったんです。要は一目惚れってやつですね」

「なるほどな」

 だから外鹿は、桶子をして正義の味方などという表現を使ったのだろう。レズという情報を持っている今、一目惚れの部分には特に驚きはしない。

 何より、桶子自身『誰かに迷惑をかける人』を選んで襲っていると言っていたし、外鹿の気構えそのものは間違いじゃない。それは冬平も納得している部分だ。現に、行動によって救われたと豪語する人間だって目の前に現れた。

 だが、そこはそれ。

「お前が漁木に抱く想いはわかった。だが、まだ肝心の部分を聞いてない。そろそろ本題に入ったらどうだ?」

「そうね。どうして私の下着を盗もうなんて考えたの?」

 桶子のファンになったのであれば、その想いを直接伝えればいいだけだ。それをしていないということは、何か裏があると考えるのが定石だ。

 救われたから、だから下着泥棒をした。外鹿は確かにそう言った。

 けれど、その二つはイコールでは繋がらない。下着泥棒は悪意のある行為だ。悪意と、下心のある犯罪だ。それが好意だけで行われるはずはない。深い事情がそこには隠されているはずである。

 ……()()()()()()()()()


「え?」


 外鹿は、全部語ったとばかりに目を点にした。

 だから。

「え?」

「え?」

 冬平と桶子も、揃って聞き返した。

 三者の間に、微妙な沈黙の間が訪れる。

 その沈黙は時間を止めたように、しっとりと三人の周囲を覆っていく。ポカンと口を開けた阿呆っぽい表情のまま固まる三人は、傍から見れば立派な奇人である。

「……つ、つまり、一目惚れしたから下着を盗ませていた……のか?」

 その沈黙を初めに破ったのは冬平だった。

 質問に対して、外鹿はあっけらかんと頷くと。

「好きな人の下着を欲しいと思うのは、当然の感情だと思うんですけど?」

 さも当たり前のことのように言った。

 その当然はどこの文化圏の当然なのだろう。少なくとも、冬平の知っている文化ではないことは確定的に明らかだった。

()(すみ)くん、何か突っ込みなさいよ。あんたの上位互換じゃない」

 どうにも変換を誤っている気がしないでもないが、桶子が耳元でそう囁いた。

 こそばゆさに耳を赤くしながら、冬平は辛うじて正気を保って同じく小声で返す。

「一緒にすんな。俺の許容量を超えてる」

「違うわ、あの子の口に何か突っ込んで黙らせて」

「それこそお前がやれ」

 変換は誤っていなかったらしい。それにしても桶子の発想はやはり極端である。

 それはともかくとして、冬平は外鹿の証言を聞いておく必要があると感じていた。

(コイツも漁木の下着を盗んでいた下着泥棒であることには違いないんだ。だったら、真犯人じゃなくたって止めるべきだろ)

 そのためには、原因を辿っておくことは大きな意味を持つ。だから冬平は桶子の意見を飲まなかった。

「外鹿。好きになってまず初めにしたことが下着泥棒でお前自身はいいのか?」

「はい♪」

「…………」

 即答され、冬平はあんぐりと口を開けた。

 そのまま桶子の方へ顔を向けると、何かを訴えるように指を差す。どうにかしてくれ、とでも言うかのように。

 だが、桶子は肩を竦めて。

「無理。私には絶っっっっ対に理解できないもん」

「…………」

「そ、そんなに見つめられても無理」

 面映ゆそうに目を逸らしつつ、桶子は冬平を押し返す。

 平手で顔面を押し返される冬平は、しかしその乱暴さに反発することもなく、されるがまま素直に従っていた。

(仕方ねえ……こうなった漁木が動かないのは、ここ数日で身に沁みてんだ。ここは俺がやるしかないわけか)

 桶子は自分勝手だ。傍若無人とも言える。そんな桶子が断固拒否の姿勢を見せているのであれば、どれだけ頼み込んだって暖簾に腕押し、糠に釘。やるだけ無駄だろう。

 冬平は溜め息をつくと、外鹿に向き直る。

「いいか、外鹿。落ち着いて聞いて欲しいんだが……お前は変態だ」

「うっ、単刀直入にひどい言い様ですね。名誉毀損で訴えますよ」

「今ので名誉が傷つくんなら初めから下着泥棒なんて考えねえよ。お前は立派な変態だ、まずはこれを認めろ」

「くぅっ……! あなたにだけは、あなたにだけは絶対に言われたくなかった……っ!」

「待て。なんで泣くんだ」

 というか、外鹿はもはや泣き崩れた。

 こんな反応をされてしまうと、冬平も変態なんじゃないかと思えてきてしまうからやめて欲しい。それも、この外鹿を超えるほどの変態だと。

 助けを求める意味と、否定して欲しい気持ちから、冬平は桶子へと視線を送る。

 だが、桶子はなぜかさっと顔を背けた。

「おや? 漁木さん?」

「大丈夫、丹澄くんは変態なんかじゃないわ」

「俺の目を見て言ってくれ」

「嫌よ、恥ずかしいじゃない」

「変態と話してるからか!? 違うよな!? 違うって言ってくれ!」

「ち、ちがっ……ぷっ、うわ……ぷぷっ……」

「笑ってんじゃねえよ!」

 初めからこの場に味方なんていなかったらしい。冬平も悔しさから涙が出そうだった。

 けれど、ここで折れてはいけない。今やるべきことはすすり泣くことではなく、外鹿に下着泥棒を反省させることだ。

「外鹿、泣き止め」

「すごい命令してるのわかってますか先輩?」

「わかんねえよ。俺はお前を超える変態なんかじゃないからな。お前がそこまで悲しむ必要はない」

「その事実がもう心を抉るんですが」

「その返しは俺の心を抉るんだが?」

 両者譲る気配のない押し問答。もう少し生産性のある話なら続ける意義もあるのだが、この手のやりとりで有意義な方が稀だろう。

 冬平はさっさと本題に進むことにした。

「いいか、外鹿。漁木は変態が嫌いなんだ」

「…………っ!?」

「いや、そんな『今気が付いた』みたいな顔されてもだな」

 そもそも、桶子が変態を好むような変態であれば、下着泥棒の被害に苦しんでなどいないだろう。

 それを外鹿も遅蒔きながら理解したのか、次第に顔を青褪めさせていく。

「漁木先輩は清く正しいお方……た、確かに、下着を盗む人間なんぞを好きになりそうもない……あ、あぁ……どうしよう、どうしましょう、丹澄先輩! 私、嫌われてしまいます!」

「安心しろ、もう嫌われてる」

「うわぁあああああああんっ! 私の馬鹿ぁあああああああっ!」

 変態だと言われた時以上にダメージを受けているようだった。

(下着を盗んでおいて嫌われないはずがないんだがな。どうして後先考えず下着泥棒に走るかね)

 その疑問はそっくりそのまま我が身へ返ってくるのだが、冬平は気が付かないフリをして話を続ける。

「だがまぁ、嫌われてるんなら、これ以上仲が悪化することはない。後は改善するのみだ。それもお前次第だがな」

「やります! 何でもします! 私にできる範囲のことなら!」

「『何でも』の範囲を勝手に限定してんじゃねえ」

「今なら大抵のことはできる気がするのでたぶん大丈夫です!」

「不確定要素の方が多いじゃねえか!」

 調子の良いことばかり口にする外鹿に、冬平はそろそろパンチの一発でも入れるべきじゃないかと思えてくる。

 だが、丹澄冬平。生まれてこの方、一度も女性に手を上げたことがないフェミニストである。怒りに任せて不用意に手を出すような馬鹿な真似はしない。

 意識的に呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると、ポケットからスマホを取り出して外鹿に向けた。

「これを見ろ」

「はぁ? 何ですか急に。自慢ですか?」

「おいおい、外鹿。変態のくせにこれの意味がわかんねえのか?」

「あれ、なぜか悔しい……?」

 否定したいことのはずなのに腹立たしさが込み上げて来たらしい外鹿は、可愛らしく小首を傾げた。

 冬平が見せたのは、ついさっきホーム画面に設定しておいた桶子とのプリクラだった。二人ともぎこちない表情をしているのでできれば他人には見せたくないのだが、この際だから仕方がない。切れるカードがあるのなら切っておくべきだ。

 未だに答えが見つからないらしい外鹿に見せつけるようにして、冬平は指先で画面の中の自分の顔を隠してみせる。

 すると。

「……まさかっ!」

「そのまさかだ。この権利をお前にやろう」

「ほ、本当に!? どんな風の吹き回しですか!? 本当にすり替えますよ!?」

「おいおい、そう焦るなよ。言っただろ? いくつか提示したい条件がある」

「言ってません! そんなのひとっことも聞いてません!」

「今言った。お前はこれを聞き入れるしかないはずだが?」

「悔しいかなその通りですけども! そういうのは先に言ってくださいよ!」

「後でも先でもお前が聞き入れれば変わんねえよ」

「丹澄くん、何を見せているのか知らないけど、それはいくら何でもゲスすぎるわ……」

「えっ、漁木まで!? お前のためを思ってやってるのに!?」

 思わぬ方向からの指摘に、冬平は危うく自戒してしまいそうになる。

 だが、これは桶子のため。

 そう、桶子を苦しみから解放するための行為である。

(そのためだったら、俺がクズになるくらいお安いご用だ)

 元よりあくどいことは承知の上だ、それを指摘されただけでおいそれとやめるわけにはいかない。ここまでやって初めて外鹿への報復に届くのだから。

 だから、冬平はどこ吹く風で続けることにする。

「条件は一つだ。盗んだものをすべて返すこと、そして漁木に誠心誠意謝罪することだ。あぁ、あと金輪際下着泥棒はするな」

「三つ! 三つ言ってます! 三つ言ってますよ先輩!」

「細かいこと言うんじゃねえようるせぇな。実質一つだろうが」

「わぁ、日本語って便利!」

 半ば投げやり気味に、外鹿は屈した。

 もはや諦めたと言った方が当てはまるか、冬平の強引な交渉に対して、それ以上は文句の一つもこぼさずに(うな)()れるのだった。

「……はぁ、わかりました。とは言え、返すのは今すぐにはできませんから、明日になりますけど」

「漁木的にはどうだ?」

「ちゃんと返ってくるのであれば構わないわ。謝罪もその時でいいわよ」

「さすが漁木先輩! そういうところが好むぎゅ」

「調子に乗るな。まだ最後のもんがあるだろうが。お前が今回みたいなことをまたしでかすって言うんなら、野放しにはできねえ」

 さり気なく飛びつこうとしていた外鹿の顔面を押さえつけて、冬平は提示した条件を飲ませることを優先する。

 例え桶子が被害から解放されたところで、それが原因で別の人間に被害が及んでしまえば、きっと桶子は良い気分ではないだろう。そのストレスで再び通り魔と化してしまう可能性だってある。それだけは避けたかった。

 だから冬平は今回きりで止めさせようとしたのだが。

「いえ、その心配はありませんよ」

 と、外鹿は暢気にそう答えた。

 罪を認めた時といい、やけに呆気なく明かしたことに冬平と桶子はきょとんとした。

「「……え?」」

「ほんっとぉーに仲が良いですね。恨やましい限りです」

「言葉の裏に別の感情が隠れてる気がするんだが」

「気のせいでしょう」

 さらっと受け流す外鹿。

 それから、色々と疑問が尽きていなさそうな二人へ向けて、まるで好きな食べ物を教えるかのような気軽さでこう言った。

「生徒会長に言われたんですよ。『私を好きにさせてあげるから桶子ちゃんにちょっかい出すのはやめてくれない?』って。いやぁ、あの人本当に妹さんのことが好きなんですね~」

「お、お姉ちゃんがそんなことを……っ?」

「はい」

 目玉がこぼれ落ちんばかりに見開く桶子の質問に対して、外鹿は大輪の花のような笑顔で肯定した。

 一方で、冬平はと言うと。

(……いや、そんなことってあるか……?)

 今まで以上に思考が混乱しかけていた。

 だが、間違ってはいけない。

 外鹿の言った真実を前に、()()()()

 ()()()()()()()、冬平は混乱しかけているのだった。

(確かに、これなら完璧に漁木を欺ける。一年半も犯人を特定できなかった理由だってはっきりする。どれだけ警戒して対策してもすり抜けられた理由だって……)

 だが、と冬平は自分の思考に待ったをかける。

(いくら何でも早計すぎる。外鹿の後だから基準がおかしくなってるんだ。妹が好きすぎて下着泥棒だなんて、そんなの有り得るわけがねえ。外鹿に声をかけたのは自分の犯行を隠すため? 自分を犠牲にしてもお釣りがくる? そんなの笑えねえよ)

 ハッ、と思わず乾いた笑いがこぼれてしまう。

 頭が痛くなる。何よりも、そんな発想に至ってしまった自分自身に。

 よろよろと蛇行し、冬平は桶子の家の扉まで向かう。乱暴に手をつくと強くドアノブを握った。

「丹澄くん、何してるの? 鍵がかかってるから開かないわよ」

「槝子さんは合鍵くらい持ってるんだろ?」

「ええ、そうだけど……それがどうかしたの?」

「悪いな、漁木。お前にとっては受け入れ難い事実だ」

 桶子の質問には答えず、冬平は一息にドアを開け放った。

 何の抵抗もなく玄関は開放され、五メートルにも満たない先に六畳間が広がっている。六畳間には中央に小さな机が置かれており、普段桶子はそこで食事をしているのだろう。

 その小机の奥。

 雑に補修された窓ガラスを背に、(かし)()が居座っていた。

 そんな生徒会長に向かって、冬平は憎々しげに言い放つ。

「あんただったんだな、槝子さん」

 いっそ睨みつけるようにして冬平は投げかける。

 それに対して、槝子は手元のティーカップを口まで運んだ後。

「ふふっ、大正解♪」

 そう言って、たおやかに微笑むのだった。

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