3.一年後
フロステル王国中央部の大雪原ヒューボルランド。
吹雪が世界から色を奪い、白一色の景色に閉ざされたこの厳しい雪原に塹壕と地下壕、物資集積場と鉄道駅、軍団司令部のコテージが放り出したように散らばっていた。みな雪を被って押し潰されそうになっている。吹雪は開戦以来、一度も止んでいない。
開戦から一年。フロステル王国は敗北に次ぐ敗北で国土の半分以上を失っていた。
開戦初頭、フロステル王国軍は同盟国エルフロアの参戦と国民の愛国心に勇気づけられて、士気は旺盛だった。国境沿いに堅固な防衛線を敷き、ペロニア兵を一人たりとも通させはしないと意気込んでいた。防衛線はコンクリートと鋼鉄に守られ、機関銃と要塞砲で武装し、各堡塁には戦意に満ちたフロステルの若者たちが五連発ライフルや水平砲を握り締めて待ち構えている。
さらに煉瓦装甲の戦闘橇や戦車、空には駆逐飛行艇で作った戦闘隊を配備し、工業地帯はライフルや手榴弾、兵隊外套、毛氈、長靴、缶詰、薬品の増産に努めている。生産された軍需物資や刻一刻と増え続ける志願兵たちを運ぶべく鉄道や貨物飛行船も休むことなく稼動していた。
夫や息子を戦場に送り出した家々では留守を任された母娘たちが若鶏や果物、上等の火酒を奮発して買い込んでいる。これらの食材を屋外冷凍室と酒蔵に保蔵して、いつでも豪華な夕食を作れるようにしておくのだ。戦勝を携えて帰還してくる家族を彼らの好物と彼女たちの愛情で迎えるために。
戦争の見通しは明るかった。人々は三ヶ月でペロニア人は音をあげる。この寒さの中で奴らが動けるものかと高をくくっていた。フロステルは前線から銃後まで楽観に支配されていた。
だが、幻想は初戦から文字通り撃ち破られた。互角だったのは戦意のみ。それ以外は全て、軍帽の強度から飛行戦艦の砲門数に至るまでペロニア魔法軍に劣っていた。
大口径の重砲から発射された巨大な榴弾がトーチカをフロステル兵ごと押し潰し、数に勝る魔法戦車部隊がフロステルの戦闘橇をことごとく破壊した。十隻からなるフロステル飛行艦隊は見敵必戦を唱え、火力、装甲に遠く及ばないペロニア艦隊に勝算もなく挑みかかった。提督以下二千を越える水兵たちが炎上する艦と運命をともにし、ブリザードの光となって消え去った。
緒戦で人命の損失は一万人を超え、父や息子、兄や弟、夫や恋人たちは彼らが愛したフロステルの雪に消えた。
彼らの帰りを待ち、ポトフや温めたラムを用意していた家々には年老いた配達人の手で黒枠の戦死通告がもたらされ、母娘の泣き声は無情な吹雪に掻き消された。
二十代の若者のみで構成されていた各師団に十代の少年や五十代の初老、果ては女性兵まで配属されるようになったのは開戦三ヶ月後のことだった。彼らの大半は愛する人を失った怒れる遺族であり、憎悪と復讐心に突き動かされて絶望的な突撃を繰り返し、機関銃と火砲の前に潰えていった。
これが『悲劇の三ヶ月』と呼ばれるフロステル王国の敗北劇だった。
ペロニア軍の攻勢を止める術はなく風前の灯を化したフロステル。
それを救ったのは、吹雪だった。フロステル王国は王国に住む魔法使い、魔法技師、精霊研究者から魔法科学生まで魔法を使えるもの全員を集めて、強力な精霊機関を作成することに成功した。
この精霊機関はフロステル風土の構成要素である雪の精霊の力を罐に封じ、吹雪として出力するものである。フロステル政府は国中の魔法使いを動員して、この機関を支え、前線中に猛雪の壁を創り出したのだ。
仮借なき吹雪によりペロニア軍の破竹の勢いは抑えられ、進軍は止まった。ペロニア空軍もこの天候では活動は出来ないし、歩兵も戦車も地上を進軍することは不可能だった。
この大挙にフロステル中が沸いたが、喜びも束の間だった。ペロニア軍が掘削機を大量に持ち込んで、地下道を掘っているという情報がもたらされた。吹雪を地下で凌いで、首都へ進撃しようとしているのは明らかだった。フロステル軍もすぐに鉱山会社からありったけの掘削機を徴発し、ペロニアが掘り進んでいる地下道にちょうどぶち当たる形で掘り進めた。地下でぶつかった両軍は交戦を開始するが狭い地下道では数の優位は通用せず、崩落を招きかねない戦車も運用できない。人間と人間がぶつかり合う地下道での戦いはフロステル人にも分があるように思われた。
開戦から一年。フロステル・ペロニア両軍は雪嵐吹き荒れるヒューボルランドの深い地中を蟻の巣状に掘り進み、各坑道や地下空洞で対峙している。国土を半分失うにいたって、フロステル王国軍はようやく戦線を維持することが出来たのだ。
それは暗く寒く泥と土嚢に空を閉ざされた惨めな戦場だった。