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20.命令

 連隊長の訓令があり、中隊長は全員連隊本部のコテージに集められた。

「近々、敵の攻勢があるそうだ」

 連隊長はそれが大変しんどいと言いたげだった。

「だが、ただではやられん。我々は陣地を守り通し、奴らを返り討ちにし、退却するペロニア軍を徹底的に追撃することが決まった。つまり我々も攻勢に出るのだ」

 連隊コテージに緊張が走った。前線のすぐ後ろではキャンプや待避壕がいくつも掘られ、膨大な数の予備兵で埋められている。これは乾坤一擲の攻勢をこちらからもかけることを意味していた。予想していたとはいえ、あらためて聞かされると動揺する。今の陣地に長くいすぎたせいで、膠着状態の打破がひどく大変なものに感じられた。この反撃が失敗すれば、戦線は大きく後退し首都が敵の砲の射程に入る可能性もある。逆に敵を押し返すことに成功すればペロニア軍の前線を壊滅することができるのだ。今までやられっぱなしだったフロステル軍が初めて大勝利を得ることが出来る。それがフロステルの戦意をどれだけ昂揚させるか、各隊長が十分すぎるほど分かっていた。だが、反撃は自隊を大きく疲弊させる。疲弊、といえば簡単だが、実際はかなりの戦死者を出すはずだ。

 そんな懸念を痛いほど分かっている連隊長が説明を続けた。

「前線を受け持つ我々は敵の攻撃をしのぎ、反撃し敵の防衛線に穴を開ける。あとは予備の直協部隊がその穴に殺到し、敵の前線を崩壊させる。ペロニア軍は吹雪でその輜重に大打撃を受けている。我々の任務は重大だ。この反撃を成功させれば、敵に進撃を向こう一年諦めさせることができる」

 その後、中隊ごとの命令が渡され、解散となった。

 クラーメン大尉に渡された命令はペロニア第三十連隊の攻撃を防ぎ、自軍の出撃拠点を温存する。その後、反撃に移り敵の機関銃陣地を破壊、逃げる敵を徹底的に追撃し、フロステル予備歩兵師団のための道を確保することだった。

(機関銃陣地を破壊、道を確保、と簡単にいうが、これはかなりの犠牲を強いるな)

 クラーメン大尉は毛皮帽と革の上衣を着込んで、外に待たせてあるトロッコに乗った。

 トロッコの道中、一緒になったパンミル大尉と二人でこれからのことを話し合った。

「予備兵たちは連隊コテージと師団司令部の間に野営してるんだろ? 急造の穴に暮らしてるそうじゃないか」

「予備兵よりも自分たちのことさ」パンミル大尉が言った。「土嚢を厚くして掩蔽を築かねばなるまい。地下陣地にペロニア兵が銃剣突撃を仕掛けてくる。あのポンコツ機関銃がいつまでもつかはわからない以上、地下陣地もずっと守りきれるものじゃない。今までとは比較にならん勢いでかかってくる。後背地に第二の陣地を設けて、敵を迎え撃たないとな」

「もっと工兵が欲しいが」クラーメン大尉がいつもの方法でマッチを擦った。「工兵たちは予備師団の住居をつくるので手一杯。となると我々の歩兵でなんとかしないといけない」

「君のところは大変だな。地底湖の面倒もみないといかんだろ?」

「そっちのほうは静かなもんさ」クラーメン大尉はマッチの燃えかすを外に捨てた。「奴ら、湖ではもう三十人以上殺られてる。湖の死神が目を光らせているから、奴らも地底湖からの進軍は諦めたようだ。あそこの岩場の一つと我が軍の岸辺を板の道でつないで、機関銃をすえてやった。これで地底湖の制海権はいただきだ」

 パンミル大尉は少年兵のことを思い出して空ろな顔をした。大尉はクラーメンが煙草を呑むのを黙って見ていた。やがてトロッコ鉄道の大穴にさしかかり、雪が吹き込むとクラーメンは小さな火を守ろうとし、かがんでトロッコの陰に隠れた。大穴を通り過ぎ、クラーメンが身をあげても、パンミルは雪を積もらせたまま、暗い顔をしていた。

「どうした?」

「せがれが十八になってな。先週入隊した」

「そうか」

 クラーメンには子供がいない。だが、弟夫婦の二歳の甥を実の息子のように可愛がっていた。

「クラーメン」パンミル大尉は苦笑した。「俺はせがれが十八になるまでに戦争は終わると思っていた。だが、どうもうまくいかなかったな」

「そうだな」

「俺が出征するのはいい。戦うことも義務として飲み込む。だが、子供を戦地に出すとなると別問題だ。……恐ろしいんだ、クラーメン。戦争が終わって生き残ったのが俺だけだったら? もし、せがれが……」

 パンミル大尉は溜息をつくと、不吉な考えを振り払うように首を振った。

「俺はデウムバルトナ将軍に聞いてみたいよ。自分の息子を前線に出す気持ちはどんなもんか? どうしたら、でんと構えて落ち着いていられるか? どうして、将軍はデウムバルトナ中尉を安全な場所に移さないんだろうな? 将軍はやろうと思えば、息子を後背地に異動させられる。兵站将校にだって就かせられるはずだ。不思議だと思わないか、クラーメン?」

「そうだな」

「……情けないことに最近、酒の量が増えた。息子が前線に出るのは三ヶ月くらい後だろう。そのときになったら、俺は……」

「今度の攻撃でカタをつけちまえばいい」

 パンミルが黙って煙草を取り出すと、クラーメンは親指と薬指で擦ったマッチを近づけた。パンミルは煙草を両手で隠しながら近づけて、湿り気味の煙草にたっぷり火を移した。

「すまんな。……お前の言うとおりだ」

 トロッコはランプの道を引き摺られていき、パンミルの吐き出した溜息は煙と一緒に後ろへ消えていった。

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