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18.偵察

 雪中の偵察は危険で死と隣り合わせである。デウムバルトナ中尉は自分で敵情を見ておきたいといい、雪原トーチカからスキー板をはいて外に出た。その太い胴には命綱が結ばれていて、その端はトーチカで待つ兵士たちの手に握られる。こうして紐をくくって置かないと雪原の中で帰り道を見失い、遭難することも有り得る。

 デウムバルトナ中尉に呼び出されたコチップ軍曹と兵卒二人は動揺を隠せなかった。先週ランクガルナーが遭難したときと状況が似通っていて、しかも中尉はランクガルナーが後ろ弾にやられたのではないかと臭わせる言葉を二三こぼして、軍曹たちの反応を見ている。

 三人とも気が気ではなかった。

 先週の偵察。ランクガルナーとコチップはスキー板を履いて、敵陣のほうへ滑っていった。折からの悪天候で方向を見失った振りをして、ランクガルナーを谷へ誘い、こっそり命綱も切ってやった。そして、ランクガルナーを突き落としたのだ。ランクガルナーが目をむいて、吹雪の渦巻く白い谷に落ちていくのをコチップはずっと見ていた。ランクガルナーは途中で突き出た岩に必死につかまっていたが、コチップ軍曹は足元の雪をくずして小さな雪崩を起こしてやった。雪崩はランクガルナーを洗い流し、谷底に埋めた。

「思い知ったか、馬鹿野郎!」コチップはそう叫んだ。

 残り二人の兵士もあらかじめ知っていた。むしろ計画立案に立ち会ってすらいた。

 誰もこのことを知っているものはいないと高を括っていた軍曹だったが、デウムバルトナ中尉が人懐っこい顔をして、ランクガルナーのことをあれこれ言ってきたときはまさかと思った。だが、中尉は知らないはず。そう思って自信たっぷりな態度を作ってきたが、今日の偵察でその自信が大きく揺らいだ。

 あのときと同じメンバーが集められ、あのときと同じように偵察に行くという。ランクガルナーの代わりにデウムバルトナ中尉が加わって。

 上官殺しは軍法会議の末、間違いなく銃殺される。もし中尉が軍曹たちをクロだと判断すれば、軍曹の命運はそこで尽きる。

 だから、気が気でないのだ。

 デウムバルトナ中尉はニコニコ笑いながら、さあ行こう、と言ってきた。


 中尉としても上官殺しを黙って見過ごすわけにはいかない。ただ何か確信が欲しいし、コチップにはまともに指揮が出来るいい分隊長になってほしい。その思いに偽りはなかった。

 二人は吹雪の中へ滑り出た。

 デウムバルトナはスキーが得意ではない。自分の体格を考えれば、当然のことである。それに吹雪で十歩先もまともに見えない環境はゾッとするものがある。

 見えるものは全て吹雪を通して確認するしかないので、自分の目の前に見えるあの大きな塊が山なのか雪を被った糸杉の林なのかはたまたペロニアの戦車であるのかは神のみぞ知る。はっきり言ってしまえば、こんな偵察になんの意味もなかった。空と地面の境目すら雪に阻まれて分からないのである。

 デウムバルトナは眼鏡の雪を拭って周りを見回した。コチップ軍曹の姿が見えなかった。

「こりゃまずい」

 デウムバルトナは命綱を引っ張って、コチップとはぐれたことを知らせようとした。命綱をそのまま兵士たちに引いてもらい、トーチカのほうへ誘導してもらわないといけない。

 ところが引っ張った命綱には手ごたえがない。誰も握っていなかったのだ。

「こりゃ本当にまずい」

 デウムバルトナは慌てた。冷静に考えれば、自分はなんて命知らずなんだと寒気が走った。もし、コチップたちが上官殺しの口封じでデウムバルトナを遭難死させるつもりになれば、簡単にできてしまうではないか! よく、こんな冒険ができたものだ。いや、冒険とわかっていれば絶対こんなことに首を突っ込んだりしなかった。何か捉えがたい力が働いて、目前の危険に気がつかなかったのだ。

 四方は雪に囲まれ方角も分からなければ目印もない。命綱が垂れている方向へ進むしかないが、それだって風に飛ばされて全く違う方向を向いていないとも限らない。

「いよいよもってまずいよ」

 こういうときはどうしたものか? 雪を掘って穴の中で体温を温存するか? でも、そういう待ち方は誰か助けに来てくれるときに有効だ。コチップたちが自分を罠にはめるつもりなら、むしろ穴にこもるのは逆効果だ。

吹雪はどんどん強くなる。ここ最近、前線を吹き荒れるブリザードの勢いが増しているのだ。ブリザードが強くなれば、ペロニア軍の輸送機構に大打撃を与えられるのは事実だが、こっちも結構辛い。

 まずいまずいと呻いていると突然、命綱がぐんと引っ張られ、体が二つに折れた。

「おっとっと」

 かなり強い力でぐいぐい引っ張られる。谷のほうに向かって引っ張られているようだった。

 ランクガルナーの亡霊が引っ張っているのだろうか?

「チューイ!」

 びゅうびゅう吹き荒れる雪混じりの風がそう叫んでいた。

「チューイ! チューイ!」

 風は何度もそう叫んでいる。近づくにつれて声はどんどん野太くなり、ついにはっきり聞こえるようになった。雪に埋もれた大男が立っている。命綱を握っていた。

「中尉!」雪男が叫んだ。「大丈夫ですか!」

 雪男はコチップ軍曹だった。防寒具から雪を払い落とし、デウムバルトナが立ち上がるのに手を貸した。

 どうもはぐれた後、トーチカの兵士が少しの間、紐から手を離したらしい。そのとき強風にあおられ、紐が雪の中に消えてしまった。軍曹がトーチカに引き摺り戻されて、中尉の行方が分からなくなったと聞かされ、慌てて探し回っているとこの紐を見つけて夢中で引っ張ったというのだ。

「なんだ、僕はてっきり……」

 デウムバルトナは言葉を止めた。

 コチップの顔は完全に青ざめている。

 その目から上官殺しの傲慢さが消えて、いつもの調子が戻っているようだ。

 もう十分だ。

「あの、中尉……」

「いいよ、何も言わなくて」

 谷はすぐそばにあった。デウムバルトナはちらりと谷をみやると屈託のない笑顔で言った。

「礼を言う。さあ、帰ろう」

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