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12.詩集

 最近、デウムバルトナ小隊の殺害確認戦果が増えている。それも大概は地底湖での狙撃によるものだった。

「あの子供たちか……」

 デウムバルトナ中尉はベッドに座り、ホルスターの先っぽを切り取っていた。新しい六連発銃をホルスターに入れると先端の穴から銃身が飛び出した。

 従卒が貰ってきた拳銃は『竜騎兵』と呼ばれる古い回転拳銃で前に持っていたものよりもはるかに劣る二級品だった。拳銃不足が窮まったフロステル陸軍は、骨董品の旧式銃まで使い出したのだが、元は雷管をはめる前装式六連発に過ぎなかった『竜騎兵』を金属薬莢が入るように無理やり改造して将校に支給したのだ。オープンフレームで構造が弱い上に撃ち尽くしたら弾倉を回して一発ずつ薬莢を出さないといけない。以前のものは中折れ式だったから一度に取り出せたのだ。おまけに撃鉄が異常に硬い。親指で起こすのは無理だから、左手を押しつけて、力いっぱい上げなければならない。なくした銃はダブルアクションだったから引き金を引けば、勝手に撃鉄も動いてくれた。欠点はこれだけではない。この骨董品は銃身が長過ぎたからホルスターに入りきらなかった。それでホルスターに細工をする必要があった。銃身を切るのはノコギリが必要だが、ホルスターの先を切るのはハサミで足りる。

「まあ、当座はこれでいいか。しかし、この子たちはずいぶん殺してるなあ」

 クーヌとヴィセントリンの報告を手に取り。しげしげと読む。昨日は二人。おとといは三人。もうここの隊に来てから、十人以上撃ち殺している。

「ちょっと会ってみるかな」

 デウムバルトナ中尉は興味を持ち、二人に会ってみることにした。

 二人の仮眠壕は石で入り口を補強した古い穴倉だった。この仮眠壕に最初に入っていたのは西部出身の三人組だった。三人は鋳鉄工場で一緒に働いていた幼馴染で、三人一緒に同じ隊で戦えることを喜んでいた。ホトスという男が機関銃兵で残り二人は斥候を受け持つ勇敢な歩兵だった。四ヶ月前、二人が偵察に参加して敵の陣地に忍び寄った。ホトスは機関銃で二人を援護することになっていた。二人が洞窟の無人地帯に消えて十分も経たないうちに敵に見つかり、すぐさま敵の機関銃が火を吹いた。ホトスは敵の銃火目がけて弾をばら撒き、二人の撤退を援護しようとした。銃火のまわりから黒い影が湧き上がった。敵が出撃して親友二人を捕らえようとしている。そう思ったホトスはその影に弾を撃ち込んだ。二つの影が重なり合うようにバッタリ倒れた。それは敵の攻撃にもめげずに突き進み、手榴弾を放り込もうとしていた二人の親友だった。ホトスは後日、この仮眠壕で自殺した。靴下から解いた糸にライフルの引き金を結び、銃身をくわえたのだ。そうした曰くがあって、この部屋は人気がなかったが、アーヌローという開戦当初から戦う古参兵が一人でここに入り、間もなくもう一人一等兵が住み込んだ。その一等兵も負傷して後送され、いまここに住んでいるのはアーヌロー一等兵と二人の少年兵というわけだ。

 中に入ってみるとちょうど二人の少年兵が小さな木箱を囲んで、ライフルの手入れをしているところだった。二人は始め、上官の到来に気づかず小さなネジや槓桿を疲れた顔で組み合わせていたが、デウムバルトナが階段を降りてくると、二人は顔を上げ、ちょっとぼうっとしてしまった。まずクーヌ二等兵が慌てて立ち上がり、ヴィセントリン二等兵も友が立ち上がったのにつられてやはり慌しく立ち上がった。

 デウムバルトナ中尉は敬礼する二人にそのまま続けるようにいい、親しげに話しかけた。

「ちょっと顔を見に来たんだ。狙撃を受け持っているのは……」

 デウムバルトナはまるで寝起きのようなとろんとした目つきでクーヌ二等兵を見た。

「自分であります、中尉殿」

 ふんふんと頷きながら、中尉はヴィセントリンのほうを向き、

「じゃあ、君が観測手なわけだ」

「はい。中尉殿」

 相変わらずヴィセントリン二等兵の目つきは物憂げで疲れている。ただ敵意のようなものは感じられない。初めて配属されたとき、デウムバルトナを見る目にはうっすら理由のない敵意が秘められていた。

「二人とも徴兵年限をごまかしたのだろう?」デウムバルトナは探るような目で見た。

 二人とも気まずそうに黙った。まだ徴兵年齢には達していないのが後ろめたかった。一人前の男に見られていない、あくまで少年兵として扱われているのがどうも恥ずかしいのだ。二人とも小隊の兵士にはよく「あの坊やたち」と呼ばれていて、その呼び方もまるで小学生扱いされているようで煩わしい。

「何人撃ったんだい?」

 デウムバルトナの質問は二人を子供ではなく、人を殺せる兵士として見ていることを示していた。

「数えていません、中尉殿。ただ毎日日記をつけているので、それを辿ればわかると思いますが」

「いや、いいよ。そこまでする必要はない」

 デウムバルトナ中尉は仮眠壕を見回した。壁にかかったカービン銃や向かい合う形の二段ベッド、木箱の上にのったカンテラの中で小さな火が揺らめいている。樽の上には家族の写真が置いてある。二人と同じ壕で寝ている古参兵アーヌローのものだ。デウムバルトナ中尉はそれをしみじみ眺めた。自動車の前で四人の男女が立っている。場所は夏の公園。山高帽に髭のない若者が満面の笑みで立っている。この若者が件の古参兵だ。今では口髭も顎鬚も生えていて実際の年齢よりも老けて見えた。古参兵の両手は前にいる二人の子供の頭に乗っていた。右手が乗っかっているのは水兵服を着た男の子で無垢な目をおそらく初めて見る写真機のレンズに寄せていた。左手が乗っかった女の子はワンピースの上に飾り紐のベストを着ていて、顔をしかめている。写真を撮る直前まで泣いていたようだ。二人とも親戚の子供だった。古参兵の隣に麦藁帽を被った太めの夫人が立っている。夫同様、とても善良そうな顔をしている。ただ古参兵は戦争が始まってからというもの、自分の妻が太っていることを冗談の種にしていた。もっともデウムバルトナの前ではそんな冗談は言わなかったが。

 二人が寝ているベッドを見ると上段の枕元に小さな本が置いてある。手の平に収まるくらいの大きさで緑色の表紙が擦り切れている。

「詩かい?」

 デウムバルトナの質問にクーヌ二等兵が恥ずかしそうにうなずき、もし読みたければと差し出した。

「『風の詩人』か」デウムバルトナは中を開いて一節を朗読した。「ブリヤン草に道をたずね、広野をさすらうことのなんと楽しきことか。一里塚をあてにせず旅籠を目指すことも忘れるなら、旅人は水鶏がたたく声や小川のおしゃべりに耳を遊ばせることができるのだから」

「古くて冗長ですね、エルフロアの詩は。でも、僕は好きなんです」ヒニーネは恥かしそうに頬を掻いた。

 デウムバルトナ中尉はそれから二言三言気のいい言葉をかけると仮眠壕を出ていった。

 中尉が立ち去った後、二人はライフルの手入れに戻りながら、中尉のことを話した。

「なあ、ヒニーネ。あの中尉、どう思う?」

「いい人だと思うよ」

「なんか顔つきが軍人っぽくないよな」

「でも、伍長や軍曹が言ってたじゃないか。中尉はいい指揮官だって。予備役将校じゃなくて現役の将校らしいよ」

「ま、あの士官候補生よりはいい人だな。俺、こないだ何もしてないのにあいつに頭を叩かれたんだ」

「ランクガルナー分隊長のことはみんなあまりよく言わないね。僕はまだ何もされてないけど」

「俺たちは地底湖勤務だから」メッゼはカチッと音がするまでボルトを差し込んだ。「ただ上の地下陣地の連中はしょっちゅうどやされてるって。ナック軍曹のパンチよりも痛くないけど、それでも殴られる理由がナック軍曹のときみたいに納得できるものじゃないから、ずっと頭にくるってさ」

「悪いことが起きなきゃいいけど」

 ヒニーネはゆっくり立ち上がると樽の上に飾ってある古参兵の写真を眺めた。

「家族はどうしてるかな……」

「気になるか?」

「うん。僕はなにも言わないで出てったから。あのときはフロステルを守ることしか考えてなかったな」

「だから志願したのか? 俺はあの家がイヤで軍隊に逃げたんだ。飲んだくれの親父ともおさらばできた。でも、弟が心配だな。手紙のやり取りはしてるけど……。そういえば、ヒニーネ。手紙はまだ書かないのか?」

「書けないよ。僕がしてること……」

 そのとき写真の主の古参兵が帰ってきて、交替の時間を告げたので二人は会話を切り上げた。

 銃身を天井にぶつけないよう注意しながら、狭い入り口をくぐる。

 途中でコチップ軍曹が二人を呼び止めた。

「今日は地底湖じゃなくて地下陣地のほうに行け。射撃壕を掘ったから、そこに陣取るんだ」

 二人は地下陣地のほうへ急いだ。地下陣地の板床にはこないだまでなかった戸口が付けられていた。戸口の下の地下道はランプがかかっただけで板の補強はされていない泥道だった。地下道は地下陣地から飛び出す形で掘られていて、敵の陣地がもっとよく見える小丘まで続いていた。小丘の頂上に射撃壕が設置されていた。布天蓋と地面のわずかな隙間から敵陣地の破壊された鉄条網が見える。

「君たちが交代かい?」射撃壕に詰めていた若くて丁寧な言葉遣いの兵士がささやいた。

 二人は声を立てず、うなずいた。

「よし」もう一人年配で四十がらみの老兵が帰るために自分の荷物を取ると二人に言った。「あの鉄条網を見張れ。味方が朝、砲で吹き飛ばしたんだ。奴ら修理にくるから、工兵を出来るだけ仕留めるんだ」

 ヒニーネは台の上に乗り、銃眼にそっとライフルを置いた。そのままの姿勢で引き金に指をかけ、スコープでちぎれた鉄条網を見守り続ける。

「メッゼ。眠かったら寝てもいいよ」

「いや、起きてるよ。側面を見張ってやる」

 メッゼもカービン銃を持って、脇にひかえた。

 ペロニア軍の地下陣地が暗闇の中でぼんやり光っている。その前には鉄条網が張り巡らされていて、近くには窪地がある。今にも工兵がその窪地から出てきそうな気がした。

 出てきたらすぐ殺そう。ヒニーネはそう心に決めた。いつもだったら、撃たずに放っておいて次の工兵もおびき寄せるが今日は一人目を撃ち殺す。そうすれば二人目は穴から出てこない。殺すのは一人だけですむ。今日は二人以上殺したくなかった。

「みんな元気かな?」

 ヒニーネは心細くつぶやいた。

 吐く息の白さに実家の白い雪を思い出す。

 ここに来てから、板壁と泥ばかり。

 ずっと雪を見ていない。

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